57.現れた楔 前編

 翌日。相変わらず早起きな俺達は、朝食を手早く済ませて軍本部へと向かう。



「なんか騒がしくないか?」

「そうね、何かあったのかしら」



 軍本部の周辺が何やら、いつもより人が多い気がする。まだここに通うようになって三日目だから、いつもって言っていいのか分かんないけど。



「あ、ガイさん」

「おう、お嬢と坊主。待ってたぜ」

「待ってた?」



 本部の中に入ると、そこにはガイさんと他十数名の軍人と思われる人達。みな歴戦の面影を漂わせていて、いつも本部で目にするような人達とは格が違う気がする。



「……軍の幹部クラスの人達よ。普段は街の重要地点の防衛任務に就いてたり、他の拠点間での連絡任務を依頼されるような、実績も実力も一流の人達ね」

「そんなエリート集団が一同に会しているわけか。そりゃ騒がしくもなるわ」



 そしてガイさん含む全員が完全武装で集まっている。本当に何があったんだろう。



「あいつの出現報告があったんだ」

「あいつ?」

「お嬢ももう坊主に話しただろ?言葉を話す巨大なゴブリンだ」

「「!!」」



 ……マジかよ。



「そして、現状大量のゴブリンを引き連れてこのマーティンへと向かってきている。なんでこっちに来てるのかは分からん」

「……それ、かなり不味くないですか?」

「ああ、だから俺達がこうして集まっているわけだ」



 ただのゴブリンが数十匹、いや数百匹集まろうと、この街の防衛設備と人員ならそうそう落とされることはないはず。だが、件のゴブリンがいるとなると…



「多分坊主も危険視してると思うが、巨大ゴブリンは恐らく地中を介した遠距離攻撃スキルを取得している。有効距離がどの程度なのかは今の所分かってないが、どちらにせよ脅威なのは間違いない」



 確か『グランド・ノイズ』だっけか。勿論それもそうだが、全力のシルヴィアを凌ぐというその巨体に似合わぬスピードも俺にとっては脅威だ。シルヴィアでさえ見失うことが多々あるというのに、それを超えるとなると俺の腕で、その化物に銃弾をぶつけられるか。



「で、私達を待ってたっていうのは?」

「お嬢達にも討伐任務を受けて欲しいんだ」

「……ガイさん、俺はともかく、シルヴィアにそれはちょっと酷でしょう」

「エイム、私は」

「いや、受けて欲しいのは本体じゃなくて引き連れてる取り巻きの方だ。遭遇した奴の報告によると、引き連れてるゴブリンも通常より強化されているらしい。今の進軍速度だとマーティンに到着するまでにはかなり時間がありそうだし、それまでになるべく敵の勢力を削いでおきたい」

「……なるほど、どうする?」

「……」



 シルヴィアはしばしの間目を閉じて塾講していたが、やがて決心したような表情で口を開く。



「その依頼、受けます。エイムも良い?」

「……ああ、勿論だ」

「助かるぜ」

「ただし」

「「?」」



 何かあるのだろうか。



「巨大ゴブリンとの戦闘には、私も参加させて下さい」

「おい、それは」

「……お嬢程の実力ならむしろ参加を要請したいくらいだが、いいのか?」

「はい、私もいい加減前に進まなければいけませんし……アイナの敵討ちを、他人の手を任せたくはありません」

「シルヴィア……」



 軍という組織に加入している限り、仲間を失う場面に遭遇することは珍しくないだろう。シルヴィアはまだ俺と同い年くらいだから長年所属しているわけではないだろうが、それでもそういった場面には何度か遭遇しているはず。


 そんなシルヴィアにとっても、アイナさんとの過ごした日々は特別ということなんだろう。憎悪とは少し違うかもしれないが、何かそれに近いような激しい感情が、シルヴィアの目から感じ取れる。



「はぁ、できれば危険な任務は避けたいところなんだがな」

「坊主?」

「分かった、俺も付き合うよ」

「エイム」

「他人の手に任せたくないってのは分かるけどさ、手を借りるくらいは許容しないとだめだと思うぜ?」

「……そうね、ありがとう」



「それは少し許容できないな」



 …あ?少し離れたところからこちら声を掛けてきたのは、見覚えのある金髪のイケメン、サイスだ。鎧は新調されたものを纏っており、取り巻きは人が変わっている。そういえば昨日ボロボロで帰って来てたな、巨大ゴブリンに遭遇したのはコイツだったのか。



「あんたにそれを決める権利はないと思うが?」

「そこの彼女はまだいい。だけどエイム、君はまだ軍のひよっこ。今回の戦いは総力戦だ、まだ経験の浅い新入りに背中を任せられるほど、余裕のある戦いじゃなんだ」

「サイス、この坊主は」

「ガイさん、あなたが彼を評価しているのは存じていますが、ここは私に任せていただきたい。別に藪から棒に断ろうとしているわけではありません」

「……ほう?じゃあどうやったら参加を認めてくれるってんだ?」



 別にお前に認めてもらう必要はないけどな、と口には出さずに思う。だがこのまま舐められるのも癪だし、言い方はあれだがサイスの言っていることも的外れというわけではない。要は今の俺に、実績がないと言いたいのだろう。



「簡単は話だよ、まだ奴の討伐に向かうまでは時間がある。それまでに君単独で成果を示せばいい。丁度いい任務もあることだしね?」

「つまり、今回のゴブリン討伐に単独で挑めと?」

「いい加減にしなさい!単独での討伐任務がどれだけ危険か、あなたが分かっていないはずないでしょう!」

「ああ勿論。危険だからこそ、証明になるんじゃないか」

「あんたねぇ……!」



 特に今回は未知数の点が多い、取り巻きゴブリンとはいえ油断はできないだろう。


だが、



「いいぜ、乗ってやるよ」

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