52.迷惑すぎる勧誘 前編

「いい加減にしてもらえるかしら?」



 この場所から聞こえるシルヴィアの声は、怒鳴ってはいないもののかなり棘がある声質だ。あんな声初めて聞くな。



「どうした?……お客さんか?」



 家に戻ると、そこにいたのは三人組の男達。全員が全身鎧を身に纏い、恐らくシルヴィアと話していたであろう人物の鎧は、見るからに二人よりランクが高い。なんか黒いし。多分金属鎧だと思うが、どんな金属なんだろう。



「やぁ、君がエイムかい?」

「……そうだが」



 黒鎧の人物がこちらに話しかけてきた。兜から金髪を覗かせる人物は、いかにも優男といった顔立ちの男。話し方も和らいが、どこか気持ちの悪く感じるのはイケメンに対する俺の僻みだろうか。



「ちょっと、話はまだ」

「初めまして、僕は周辺開拓軍所属、サイス・ケルオーダだ。よろしくね」

「……どうも?」



 なんか調子が狂うな。サイスと名乗った男は、俺に向けて一枚の名刺を差し出して来た。あるのか名刺……いや、総司令が渡してこなかったということは、少なくともアルスエイデン王国では一般的な文化じゃないんだろう。


 名刺にはサイスの名前と所属、それに、



「日本人支援部隊リーダー?」

「そう、良く気付いてくれたね。『混沌の一日』から交わってしまった二つの世界、だけど残念ながら、今まで平和ボケしていた日本人にとってはただのゴブリン一匹でさえ大きな脅威だ。それは君も、この三年間で実感できているんじゃないかな?」

「……そりゃまぁ」



 確かにまだ職業も武器も持っていない状態では、ゴブリン相手にも苦戦を強いられていたと思う。あの迷宮にゴブリンはいなかったから実感しているとは言い難いかもしれないが、まぁ言わんとすることは理解できる。



「だけどそんな中にも、優れた才能を持つものは少なくない。むしろ、僕たちだとなかなか適正が現れない職業を持つ人達だっている。そんな人達のため、序盤の戦闘訓練・武器や資金の提供を行うチームが、日本人支援部隊だ」

「ほぉ」

「何を隠そう、この二人も日本人でね。僕たちの支援を受けるまでは剣すら握ったことのなかった者達が、今では御覧の通りさ」



 兜のフェイスガードを外した二人の顔は、確かに日本人顔だ。



「まぁ要するに、日本人支援を目的とした大規模なパーティーってとこかな」

「はぁ……で、何があったんだ?」



 話は終わったみたいなので、事情をシルヴィアに訪ねる。



「バカみたいに長かった話を要約すると、引き抜きに来たらしいわよ」

「……シルヴィアを?」

「そんなわけないでしょ、エイムをに決まってるじゃない」



 いつもより口調が荒い、相当気が立ってるな。



「そうだよ、三年もの間、あのカミラの迷宮で生き抜いた実力と才能。素晴らしい、本当に素晴らしいよ!そんな才能を、そこの彼女の隣で腐らせておくのは実に勿体ない。是非ともその才能を、僕の部隊で開花させ、存分に発揮してほしいんだ!」



 サイスは両手を高々と上げ、まるで何かに宣言しているかのように話す。近所迷惑だからもうちょっと静かにしろよ。



「……とのことよ。まったく、それなら私に話を持ち掛ける必要なんてないでしょうに」

「おい、今この面倒くさそうな男の相手を押し付けようとしただろ。嫌だぞ俺は」

「嫌も何もエイムの客でしょ」

「えーっと、僕の勧誘に答えて欲しいのだけど……」



 サイスは眉毛をヒクつかせながらも、俺達の会話をなんとか流したようだ。流さなくていいのに。



「あー、お断りします」

「……うん?ごめん、聞き間違えかな?今断るって聞こえた気がしたんだけど」

「間違えてねぇよ、断るって言ったんだ」



 もう敬語とか面倒だからいいや。



「……理由を聞いても?」

「単純に俺にメリットがない。俺はこの力を己のために使う。それが必要なら誰かに手を貸すこともあるだろうが、少なくとも不特定多数の人間のために使う予定はない、それを考えればむしろデメリットしかない」

「……それなら何故そこの彼女とパーティーを組むことにしたんだい、彼女と組むことこそ、日本人の君にとって、最大のデメリットと言えるんじゃないかい?」

「……!!」



 気が付くと、隣で控えていた日本人二人も、シルヴィアに向けて厳しい視線を向けている…本当にこいつらは。



「──はっ」

「……何かおかしなことを言ったかな?僕は間違ったことを言ったとは思わないけど」

「別に間違いはないんじゃないか?例えそれが十中八九迷信だろうと、ビビる奴がいるのは理解できるよ。俺も昔はゾンビとか怖かったし。だけど、まさか自称大規模パーティーのリーダー様までそんな迷信を信じてるとは……思わず笑っちまったよ」

「……人の神経を逆撫でするのが上手いね、君」

「あんたもな」



 シルヴィアが不機嫌になるわけだ。



「ならメリットは?デメリットがないのはまぁ分かったけど、彼女と組むメリットは一体何なんだい?」

「そこまであんたに話す必要性を感じないが……強いてあげるなら実力かな?」

「確かに彼女の実力は評価できるが、彼女である理由にはなっていないだろう」

「そうか?実績のない俺と組んでくれる実力者なんて、そういないだろ」

「だからそれならここに」

「おいおい冗談はよしてくれ、例えあんたが組んでくれるとしても足手纏いだよ」




「……ほう?」

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