53.迷惑過ぎる勧誘 後編
「舐められたものだね。これでも一つのパーティーを纏める身、有象無象の人間に負けるつもりはないよ?」
「俺が有象無象に見えるか?」
「……随分大きく出るじゃないか」
サイスは今にも腰の剣を抜きそうな勢いだ、手がピクピクしてる。
「サイスさん、流石にここで剣を抜くのはまずいですよ」
「周りの目もありますし、今は抑えましょう……!」
「……ふん」
横に控えて無言を貫いていた二人の日本人により、何とか落ち着きを取り戻したようだ。こちらとしては、抜いてくれた方が楽だったんだが。
「どうやら今はまだ、現実を理解できていないようだね。ここは一旦引こう。だけどもし、君が現実に直面して助けが必要になった時、いつでも僕達の元を訪ねて欲しい。何、詫びの一つでも入れてくれれば、今日のことは水に流すさ」
つまり今は怒っていると。まぁ当然か。
サイスはそのまま背中を向けて去っていく。日本人の二人も一緒にだ。なんか腰巾着間感がすごいな、あいつの部下とか絶対にごめんだけど、待遇は良いのかもしれない。
「……はぁ、やっと行ったわね」
「そんなに長い時間絡まれてたのか」
「全く、お陰で夕飯の準備が出来てないわ。エイムと組むことによって、こんなデメリットがあるとは思わなかったわよ」
「あれをデメリットに含めないでくれよ」
絶対に俺のせいじゃないだろ今のは。日本人ということがハンデになることはある程度想定していたが、こんな形でそれが露呈するのは想定外すぎる。
「俺のせいにされるのは癪だが……まだ出来てないなら夕飯作りは手伝うよ」
「え?エイムって料理できたの?」
「これでも一人暮らし歴5年だ、任せとけ」
迷宮暮らしを含めれば8年だな、迷宮では焼くくらいしかしてないけど。
♢ ♢ ♢
「「ごちそうさまでした」」
あれから二人で協力して夕飯を作り、時は進んで食事後。今まで見たことのない食材もあって若干混乱したが、料理自体は特に問題なく進めることができた。
流石に人の家に住まわせてもらってるのに、飯まで任せっきりにするのは申し訳ないからな、戦力になって良かった。
……ちなみにだが、シルヴィアは野宿したときと変わらない食事量だった。マジでその華奢な体のどこに入るんだ。
「はい、どうぞ。砂糖とミルクは無しで良かった?」
「ああ、さんきゅー」
食後にシルヴィアが紅茶を入れてくれた。昔から甘い物は苦手で、無糖のミルク無ししか飲めない。コーヒーもブラックしか飲めなくて、なぎさにドン引きされたことがある。あいつは超のつく甘党だからな。
「……ありがとね」
「うん?」
「私のために怒ってくれたんでしょ?あんなエイム見たことなかったわよ」
「……ああ、そのことか。シルヴィアのためっていうか、単純に俺がムカついたから反論しただけだ。自分のパートナーのことをグチグチ言われたら、誰でも良い気分はしないだろ。それに」
俺は一旦呼吸を置いて、言葉を続ける。
「シルヴィアは迷宮で俺のこと、恩人って言ってくれたけどさ。俺にとっては、シルヴィアこそが地獄から救い出してくれた恩人なんだぜ?恩人を傷つけられて黙ってられるほど、俺の感情は死んじゃいない」
「……そっか。でもやっぱり言わせて、ありがと」
「……どういたしまして」
お互いが気恥ずかしさで黙ってしまい、俺達の間に微妙な空気感が生まれた。無言のまま時間が過ぎ去るが、不思議とそれが苦にならず、むしろ心地良く感じる。
「ね、ねぇ!」
「……ん?」
「明日は一件、依頼を受けてみましょうよ!エイムもそろそろ懐が寂しくなってきたんじゃない?」
「そ、そうだな」
総司令からもらった臨時収入も、ガイさんへの借金返済で全て消えてしまった。残念ながらまだ全額返済には至っていないが、あれくらいの収入がもう一度手に入れば返しきれると思う。
だけどまだ、今の俺には必要なものも多い。流石にベッドは用意したいし、寝巻用や普段用の服も欲しい。
さらに欲を言えば、毎日公衆浴場に行ける程度には安定した収入を得たい。長きにわたる迷宮生活ですっかり遠い記憶となってしまったが、やはり日本人としては毎日風呂に入る生活をしたいものだ。
「じゃ、今日はもう寝ましょ」
「りょーかい、今日もソファを借りていいか?」
「勿論いいけど……私のベッドを使ってもいいのよ?私がアイナのベッドを使っても良いし、何なら一緒に寝る?」
「何言ってんだ」
顔を赤くするくらいなら言わなきゃいいのに。俺のことをからかうにしても、俺より恥ずかしがってたらだめだろ。
「じょ、冗談よ。早くベッドを買わないとね」
「そうだな……それじゃ」
「ええ、おやすみなさい」
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