15.混沌の一日
「私は第一拠点・周辺開拓軍所属、シルヴィア・アイゼンハイドよ」
シルヴィア・アイゼンハイド。分かっていたが和名ではない。俺のいた世界のどこかの国の出身か、それとも俺の知らない異世界の人間か、この時点だと判断はつかない。なんか物々しい肩書も同時に名乗ってくれたが、そっちはよく分からないな。
「俺……自分は天崎英夢です」
所属とか肩書なんてものはないから自己紹介が随分寂しい。強いて言えば霞ヶ丘高校2年とか?…通じるわけないし、ここにいる時間から考えてもう卒業してそうだ。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
お互いにペコリと一礼。なんというか、距離感がいまいち図れない。俺って人とどんな風に会話してたっけ?
「……多分だけど、お互い質問が山ほどあるわよね?」
「そうですね」
「なら、交互に質問していくというのはどうかしら?」
沈黙に耐えかねたのか、向こうから提案が飛んできた。正直ありがたい。
「いいですね。では、お先にどうぞ」
「ありがとう……じゃあ、いつからここにいるの?その格好だと、結構な期間ここにいると思うんだけど」
それは俺も知りたかったことだな。
「分かりません」
「……それは、記憶喪失とか?」
「いえ、カレンダーとか時計の類を持ってないんで、正確な日数とかが分からないんですよ。一年は経ってると思うんですが……」
「!!」
驚いた顔をするシルヴィア、気持ちは分かる。俺だって改めて言葉にして、自分でビックリしそうだ。よく生き残れたな、俺。
「西暦とかは分かるわよね?」
「はい」
「なら……今日は20○○年の12月よ。私もここに入って一週間くらい経ってるから日付まではちょっと分からないんだけど、これで大体分かるんじゃない?」
「!!」
与えられた衝撃を必死に抑え込んで、シルヴィアの質問に答える。
「三年ですね」
「……なんですって?」
「ここに入ってから、閉じ込められてから三年経ちます」
一年以上経ってるのはなんとなく察していたが、まさかその三倍もの時間が経っていたとは。俺の時間感覚狂いすぎだろ。地獄のような日々を送っていたから、むしろ想像の方が長くて、実は半年くらいでしたー、なんてこともあり得ると思ってたんだけどな。
「そ、それって!『混沌の一日』からずっとここにいるってこと!?」
「……じゃ、次はこっちの質問です。その『混沌の一日』って何ですか?」
交互に質問すると提案したのに連続して質問しようとするシルヴィア。まぁ気持ちは分かる。
「ご、ごめんなさい、そうだったわね……まさかまだ外に生存者がいたなんて」
息を呑んで次の言葉を待つ。話の方向性から考えるに、俺がここに落ちたあの日のことについてのことが知れそうだ。
俺としては、かなりの覚悟をしていたつもりだった。だが彼女の口から放たれた言葉は、俺の想像をはるかに超える内容だった。
「三年前、君達の暦だと11月15日。私達の世界と君達の世界、二つの世界が繋がって一つになったの。そしてそれが原因かは分からないんだけど、同じ日に地震、竜巻、その他の自然災害が多発。結果として私達の世界も、君達の世界も荒廃してしまった。その激動の一日を『混沌の一日』と呼んでいるの」
──二つの世界が、交わった?
一体シルヴィアは何を言っているのだろうか。何がどうなったら、そんなことが起こりえる?
「ちょ、ちょっと時間をください……!」
「ええ、ゆっくりで大丈夫よ」
恐らく似たようなやり取りを何度も行っているんだろう。シルヴィアの説明は手馴れたものだったし、俺の反応を見て狼狽える様子はない。それに対して俺は一旦水でも飲んで落ち着きたいくらいには動揺しているが、水は貴重品だ、また汲みに行くのも面倒だし我慢する。
二つの世界が交わる。どうなったらそうなるのか想像もつかないが、その嘘をつくメリットがシルヴィアにはない。それにこの突拍子もない話を信じることができる一つの理由を、ついさっきまで考えていた。
そう、遺跡だ。
三年前話題だった世界各地で起こっていた遺跡出現、あれを世界が交わる前兆だと考えれば辻褄は合う。話の規模が規模なので実際目にしないと完全に信じることはできないが、おそらくは本当のことなんだろう。
二つの世界が交わったということは、俺が閉じ込められたこの場所は元々シルヴィアの世界にあったってことか。なかなか殺伐とした世界だったらしい。そんな世界と交わってしまうとは、争いを知らなかった日本は無事に乗り越えることができたんだろうか。
「……とりあえず、理解はできました。俺の現状についてもなんとなく」
「強いのね。中には発狂というか、現実を受け入れられない人だっているのに」
「ここに登ってくるまで驚愕の連続でしたから。驚いてはいますけど、それで立ち止まってたらすぐに化け物達の餌ですからね」
「……それもそうね。じゃ、次は私でいいかしら?」
「はい、どうぞ」
「じゃあ──」
こうして俺達はいくつかの質問を繰り返し、互いの現状について理解を深めていくのであった。
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