13.先客達
ばしゃばしゃとこの先の水場から水音が聞こえてくる。ここにいる化け物達も生物なので水を飲みに来た奴に遭遇することはあるが、こんな激しく音を立てて水を飲むとかどんな化け物だ。もしかしたらキマイラ以上かもしれない。
忍び足で一旦物陰に隠れ、フェスカを左手に構える。水音はまだ鳴っているから、とりあえずこちらには気づいていないようだ。
『気配隠蔽』
他生物から気づかれにくくなる。
単純だが、それゆえに強力なスキルだ。引き金を引けば大抵の生物は一撃で倒すことができる俺の戦闘スタイルともマッチしているので、一番使用しているスキルかもしれない。
念のため退路を確認して、俺は物陰から飛び出してフェスカの銃口を敵がいるであろう方向に向ける。
だがその先に広がる光景は、俺の全く予想だにしていないものだった。
「GURAAA!!」
「はあああああああ!」
俺が初めて倒した劣化ケルベロスと、一人の女性が戦闘をしていた。白銀色の長髪と、同じく白銀に輝く剣を煌めかせ、劣化ケルベロスと激戦を繰り広げている。お互いが凄まじいスピードで水面を駆け回っていて、どうやら激しい水音の正体はこれだったみたいだ。
(おいおい、まじか…!)
まさかこの中で人間に出会えるとは。驚いた俺は不覚にもその場で静止してしまうが、『気配隠蔽』のお陰か女性も劣化ケルベロスもこちらに気付いた様子はない。
女性はまるで空を走っているかのように、水面を移動している。あの湖はそこそこ深かったから、何かのスキルを使用しているのかもしれない。
ちなみに劣化ケルベロスは純粋にスピードで水面を走っている。化け物も独自のスキルを使ってくるが、あいつのスキルはあの頭を復活させる咆哮だ。強力な奴は複数のスキルを持ってることもあるが、あいつはここにいる中じゃそこまで強いわけではない。
(って、考察してる場合じゃないな)
こんなに激しい戦闘音を聞きつければ、別の獣が寄ってくるかもしれない。ただでさえここは獣達にとっても貴重な水飲み場で、常に遭遇の危険が伴う危険な場所だ。
戦闘に水を差すようで悪いが介入させてもらおう。フェスカを構えなおして『気配隠蔽』を一旦解き、『危機察知』に切り替える。
「…!!」
「え?」
女性が俺に気付いたのか、振り向いて剣の矛先をこちらに向けてきた。完全に後ろを向いていたはずなんだが。
「って、後ろ!」
「!!」
こちらを向いたということは、劣化ケルベロスに背中を向けたということになる。そしてそれをあいつが見逃すはずがない。
「GURU!」
劣化ケルベロスはその鋭い牙を女性に突き立て…
ドゥパァン!
る前に、咄嗟にラルを抜いて引き金を引く。ラルはその威力を遺憾なく発揮し、劣化ケルベロスを爆散させた。
「……すいません、邪魔しちゃいましたね」
背中を向けていたから大丈夫だろうと思っていつも通り『気配隠蔽』から『危機察知』に切り替えたが、よく考えれば彼女だって索敵系のスキルを持っていてもおかしくない。それを発動していたなら、突然後ろに反応が現れたらそりゃ驚くだろう。
だからって目の前の敵から目を離すのはどうかと思うが、余計なことをしたのは俺なので、とりあえず謝罪の言葉を述べる。
「大丈夫ですか?」
「……」
水面を浮く彼女の反応はない。流石にこの距離で人の表情まで読めないな、もしかしてめちゃくちゃ怒ってるのか?
ようやく出会えた人間だ、なるべく良好を築きたいんだが……言葉遣いとか間違ってないよな?長い間会話してなかったから自信がない。
……バシャーン!
沈黙の後、突如として彼女が目の前から消える。いや、そうじゃなくて……
「……!!」
俺は地を蹴って湖の中に飛び込む。どうみても自ら潜ったような動きじゃなかった。早く助け出さないと……いた!
俺はまだ名前も知らない相手を抱きかかえ、湖から這い出す。どうやら気を失ってスキルが消えてしまったらしい。
「息は……あるな。良かった」
こういう時は体を冷やさないようにした方がいいような気もするが、残念ながら俺のローブも今ので濡れてしまったし、これを脱いだら俺は素っ裸だ。
彼女が起きるのを待ちたいが、水のあるこの場所は良くない。他の生物と遭遇する危険がある。一旦抱きかかえたまま、この場を後にするために走る。やけに軽装だからどこかに彼女の荷物があるかもしれないが、今は探してる余裕はない。
以前の俺なら人ひとり抱えた状態で走るなんて無理だったが、【
】の恩恵と地獄のような生活によって鍛えられたお陰で今では軽いものだ。
『気配隠蔽』は足音までは消せないので、『危機察知』を維持したまま疾走する。幸いにも他の生物に遭遇することなく、俺が最近住処としている場所まで移動できた。住処といっても構造的に突き当たりになっているだけの場所だが。
苦労して剥いだ獣皮の上に彼女を寝かせる、地面に寝かせるよりはましだろう。
「これで良しっと……ただ待つってのも暇だし、飯でも作るか」
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