幕間.崩壊した日常・俊となぎさの場合

 ─side Shun─



「う〜」

「まだ唸ってるのかい?」

「だって〜!」



 英夢と別れたあと、未だに納得が行かない様子のなぎさに、僕は思わず苦笑いを浮かべてしまう。もうすぐ体育館に到着してしまうというのに。


 確かに、英夢と一緒に修学旅行を楽しめないのが残念なのは僕も同じ。だけど、あいつにとっては修学旅行以上に大事な事なんだと思う。それは僕も理解しているし、なぎさも勿論分かっている。理解している上で、納得は出来ないみたいだけどね。



「ほーら、そろそろ着くよ?精々思いっきり楽しんで、英夢のやつを悔しがらしてやろうよ」

「……うん、そうだね。せっかくの修学旅行なんだもん、それを休むということがどんなに愚かな行為か、英夢君に分からせなくちゃ」



 何度目か分からない説得?にようやく耳を貸してくれたなぎさだが、今度は何やら黒い笑みを浮かべ始めた。相変わらず色んな意味で忙しい。



 体育館に到着して中に入ると、中は既に生徒でごった返していた。まぁ僕たちが教室を出たのは最後だったし当たり前か。



「竜胆君、なぎさ、こっちこっち~!」


「あ、私達のクラスはあっちみたいだよ!」

「ああそうだね、いこうか」



 どこに座ればいいのか分からずその場できょろきょろと辺りを見回していると、クラスメイトの女子が声を掛けてくれた。



「あれ、天崎君は?」

「あいつなら帰ったよ、修学旅行は行かないからね」

「え?そうだったの?」

「レク決めとか参加してなかったからなんでだろうと思ってたけど、そういうことだったんだ」



 意識してかどうかは分からないが、英夢はあの事件以降、人と関係を築くことを露骨に避けている。だからあいつの交友関係は非常に狭い。どうせ修学旅行を休むことも、先生と僕たち以外には伝えていないんだろうね。



「彼って、あんまり喋らないからよく分かんないんだよね」

「そう?そんなことないと思うけど」

「そういえば、なぎさ達の前ではよく話してる気がする……彼って何者?」

「え?普通に幼馴染だけど」

「そうだったの⁉この高校一の美男美女コンビと幼馴染とか、前世でどんだけ徳積んだのよ彼」



 複数のクラスメイトが口々に驚く。いつの間にか英夢のイメージが、寡黙な謎の人物になっていた。これはクラスメイトだからまだましな方で、他クラスだと噂に尾ひれがついてひどいことになっていたりする。嫌われ者、というわけではないけど、そういうのって大抵いい噂はつかないよね。



「なるほど、そういうことだったんだ」

「目つきが悪い青メッシュってイメージしかないんだけど、話を聞いてる限りあんまり悪い人じゃないのかな?」

「そのイメージに間違いはないけどね。まぁ悪い奴じゃないよ、あいつは」



 目つきの悪い青メッシュなのは間違いないね、それは僕も否定できない。



「そっかぁ。修学旅行から帰ってきたら話してみよっかな」

「うんうん、なんか怖いイメージがあったから避けてたけど、彼ってイケメンだし」

「確かに。竜胆君ほどじゃないけど、かっこいいよね」

「あはは……」



 反応に困るから、男子がいる前で女子会トークを始めるのは勘弁してほしい。でも、あいつの交友関係が広まるのはいいことだ。このままだと女子ばっかりになりそうだけど。



「竜胆君~。そろそろ集会がはじまるから、点呼をお願いできるかしら~?」

「あ、はい。大丈夫です」



 しばらく他愛ない会話を続けていると、担任の一ノ瀬先生が声を掛けてきた。委員長なのでこういう役目は勿論僕に回ってくる。



「お願いね~。私は前にいるから、完了したら私に伝えて~」

「わかりました」



 相変わらずゆったりと話す人だ。


 点呼をとるため、僕はその場から立ち上がろうとする。



 そのときだった。





 

ズドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!






「!?」



 突如としてけたたましい轟音とともに、地面が大きく揺れ始めた。あまりの揺れの大きさに、僕は立ち上がることを中断して、その場に膝をつく。



「姿勢を低くして!危険だからその場から動かないで!」



 一ノ瀬先生が、いつものゆったりとしたしゃべり方からは考えられないような厳しい声で指示をする。



「俊君……!」

「大丈夫、落ち着いて」



 いつも元気ななぎさが、珍しく不安そうな声でこちらに話しかけてくる。僕はなるべく冷静を装い、優しげな声を意識してなぎさを落ち着かせる。


 日本に住んでいれば地震なんて日常茶飯事と言ってもいいくらいに頻発する出来事だけど、これはそんなレベルじゃない。流石にこの体育館は大丈夫だと思うけど、建物によっては倒壊の危険性がありそうな、そんなレベルの揺れだ。


 揺れは数分間続いたあと、徐々に収まっていった。



「……先生」

「ひとまず一旦待機しておいて、他の先生方と話してくるから。みんなのこと、お願いできる?」

「了解です!」



 揺れは収まったけど、油断はできない。先生に指示を仰いだが、先生は簡潔にこちらのやることを示してくれた。



「みんな大丈夫?怪我とかしてない?」

「うん」

「私は大丈夫」

「私も」



 とりあえずさっき話してた子達は全員無事みたいだ。



「僕はみんなに声をかけてくるから、ここで待機しておいて」

「分かった…」

「また揺れるかもしれないから、気を付けてね?」

「ああ、ありがとう」



 他のクラスメイトの状況を確認するべく、僕はその場から立ち上がる。



「修学旅行、どうなっちゃうのかな……?」



 なぎさの小さな呟きが、妙に鮮明に僕の耳に届く。






 僕たちがこれから修学旅行をはるかに超える非日常に遭遇することを、この時は知る由もない。

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