5.目を背けるな

「ははっ……こりゃ無理だ」



 ただの頭突きを食らっただけなのに、心も体もボロボロにされた。何故俺に対して敵意を向けているのかは分からないが、コイツが牙をむいている限り、俺がどうあがこうともここで死ぬ。


 そう本能が、理性が理解してしまった。



「GURU…SYURURU…」



 そして、俺に手痛い一撃を与えたあとも、コイツは変わらず俺にたいしてギラギラとした眼光を向けている。獅子の頭はもちろん、尻尾に生えている蛇の頭までこちらを睨みつけている。


 小説によってはあの蛇の目に睨まれただけで体が石になってしまったりするが、そういったことにはなっていない。もしかしたらそんなことをする必要もないと思われているのかもしれない。


 そして悔しいが、実際もう体がボロボロで動ける気がしない。



「ふぅ……そうか、お前が俺の死か……」



 懐かしいな、このどうやっても覆せない理不尽感。幼少期はこんなことが毎日のようにあった。


 四肢を鎖につながれ、体を焼かれ、顔が腫れるまで暴力を振るわれ、窒息寸前まで水に顔をうずめられたあの日々。


 あんなことがなければ、今の状態でここまで冷静になれなかったかもしれない。ここで冷静になれても状況が変わるわけでもないんだけどな……。



 目の前にたたずむ異形の化け物は、俺が言葉を発した後にしばらくこちらを見つめていたが……。



「……SYURURU!!」



 蛇の頭が口を大きくあけながら、体をこちらに伸ばしてきた。キマイラと俺の距離は数十メートルはあるが、そんなことはお構いなしのようだ。なんでもありかよ。



 今までの平和だった日常が、走馬灯のように頭を駆け巡る。色々と苦労もしたし、他に比べりゃ波乱の人生だったかもしれないが、今のこの状況に比べれば平和だと言っていいだろう。




『何事にも目を背けるな、英夢』




 ……うるせぇよ。こんな状況まで出てくるな。




 だけどそうだな、あいつの言葉に背中を押されているようで少々癪だが、せめて、最後まで恐怖を見せずに死にたい。それが何になるのかと言われれば、何もならない。ただの自己満足だ。



 せめて、最後まで目を背けずに。心の限り叫ぶ。



「ハッ!来いよ、化け物がぁっっっっ!!!」



 次の瞬間、俺の意識は暗転した───





♢ ♢ ♢






 英夢があと、大広間の入り口から、コツコツと足音を鳴らしながら一人の人間が現れた。


 人間は英夢よりやや小柄で、全身を真っ黒なローブで覆っているため、その顔を拝むことはできない。



 ローブの人物は、その足でキマイラに向かって歩みよる。キマイラは英夢の時と異なり、その人間に向かって敵意を向けたりすることはなく、おとなしく体を丸めて座っている。


 ローブの人物はその様子を見てクスクスと笑い、楽しそうに話しかける。



「良かった。キマ君のお眼鏡に適ったんだね、彼は」

「………」



 その声から女性だと判断できるその人物は、キマイラと以前から面識があったようだ。


 キマイラは無反応だが、どちらかというと人間を目の前にして反応しないこの状況こそが異常だった。



「ふふっ…心配しなくても大丈夫だよ。彼に資格があるのはキマ君も分かったでしょ?すぐにキマ君なんてケチョンケチョンだよ」

「……GURU」

「あはは、ごめんごめん。怒らないでよ~!」



 ローブの女はキマイラに歩み寄って獅子の頭の鬣をぐしゃぐしゃとなでる。キマイラは若干嫌そうな表情をしてはいるものの、抵抗の素振りを見せずにおとなしくしている。



「……SYURU?」

「ん?……そーだね、彼にはこの先に進んでもらうよ。でも、このままじゃちょっと辛そうだね」



 蛇の頭が何やらローブの女対して疑問の声で鳴くと、ローブの女は意識がない英夢の方へと歩み寄り、おもむろに右手を翳す。



「うん、こんなもんかな」

「……SHURURU?」

「心配してくれるの?でも流石にこのくらいならまだダイジョーブ。それにやっぱり資格を持つ者だね、相性が良いみたい」



 ローブの女は数秒で手を戻した。英夢の体は、先程までとは比べ物にならないほど綺麗になっており、傷も癒え、傷の名残りは服に染み付いた英夢の血液だけになっている。



「今の私じゃここまで癒せないからね。こういうの、元々苦手だったし」

「………」

「も〜ホントに大丈夫だってば!キマ君って意外と心配性だよね」



 ローブの女の言う通り、確かにキマイラの目に心配のような感情が写っている。



「ま、いつもより頑張っちゃったのは否定しないけどね。彼には期待してるから」

「………」

「彼は強くなるよ、もう目覚めの片鱗を見せているし、もしかしたら、歴代最高わたしを超える存在にだってなれるかもしれない」



 女は英夢の顔を見ながら微笑む。その儚げな笑みはまるで、自分の息子を見るようだ。



「本当は私の代で終わらせなきゃいけなかったんだけど。ごめんね、君に押し付けることになっちゃって」

「GURU……」

「……そうだね、もう信じるしかない。あとは任せたよキマ君」

「GURU!」

「SYU!」




「世界は動き出した、動き出してしまった。再編された世界で、君がどう生きるのか、楽しみにしているよ」






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