4.崩壊したその先で

「……おいおい、どうなってんだ」



 突如として家の床が消失して空中に投げ出された俺は、落下中に気を失ってしまい、気づけばこの地下空間にいた。


 上を見上げても家の天井らしきものは見えず、代わりにあるのは冷たさを感じさせる材質の真っ黒な天井。なんで落ちたのに別の天井があるんだよ。



 地下空間、とはいったものの、ここが本当に地下なのかすら分からない。家の床が消失なんてありえないことが起きたのだから、落下中に別の場所に転移したといわれても信じられる。いや、否定できないというのが正しいか。


 あたりを見回してみると、どうやら俺のいる位置は一本道の途中のようだ。どちらかに進んでいけば、ここから出られるんだろうか。



「とにかく、進んでみるしかない……どっちでもいいだろ」



 ほんの一瞬どちらに進もうか悩んだが、どちらの先も暗闇に包まれていて確認することはできないし、方角の確認すらできない今の状況じゃどちらに何があるかなんてわかりゃしない。


 通路を歩くと、コツ、コツと硬い材質が感じられる音があたりに鳴り響く…そういや俺、いつのまに靴なんて履いてたんだ?


 家のリビングにいたと思うんだが……まぁ、今更そんなことを気にしても仕方ないか。先ほどまでの衝撃の数々に比べれば、勝手に靴が履かれていることぐらい些細なことだ。むしろありがたい。

 

 自分が少し投げやりな思考になりつつあるのを自覚しつつ、俺は通路を進んでいく。




♢ ♢ ♢




 どのくらい、この道を進んでいただろうか。


 時計の類がないから正確な時間は不明だが、そろそろ足に疲労が溜まってきて、ずっと同じ景色が続いている状態に、何とも言えない不安を感じてきたころ合い。



「やっと変化があったな……ここは、広間?」



 突然通路が広まったかと思ったが、どうやら広間に行きついたようだ。広間はあきれるほど広く、壁には等間隔に篝火が設置されているが火はついてない。


 先ほどからずっと暗闇の通路を歩いてきたからかなり目は慣れてきてたんだが、流石にこの広さだと奥まで見渡すことはできない。



「篝火があるってことはここに人がいたってことだよな……よし」



 とりあえずここが人類未踏の地ということはなさそうだ。人がいたということは、どこかに出口はあるんだろう。それが俺が進んできた方向にあるのかはまだ分からないが、希望は見えてきた。


 ひとまず、広間の中に入る。中心部にはなにがあるのか見えないので、壁を這うように進む。それにしてもこの広間、壁は滑らかな曲線を描いている。天然でこの質感は出せないだろうから、この建造物自体が人の手によって造られたものなんだろう。


 先が見えないという不安感が俺を襲う。理性では進むしかないと分かってはいるのだが、戻りたい、引き返したいという思いに駆られる。


 そして広間の丁度中間に差し掛かったあたりで、それは起こった。



「────うお!?」



 俺の中の不安感が最大値まで上ってきたとき、嫌な予感がして中心の方向を向くと、何やら炎の玉が高速でこちらに向かってきていた。


 とっさの事態で反応できなかったが、立ち止まって硬直したのが逆に功を奏し、玉は俺の目の前に着弾した。


 玉は着弾地点を明るく照らしている。なんだこれは?



「GUWAAAAAAAAAAAAAAA!」



 何か生物の咆哮のようなものが聞こえた瞬間、静まり返っていた篝火が一斉に周囲を照らし出す。


 明らかに中心まで照らせるような炎の強さではないにもかかわらず、広間全体を鮮明に映し出した。そして、玉が飛んできた方向にいたのは──




「GURU……」




「なんだよ、お前……」




 目の前にいたのは、異形の化け物。獅子の頭を持ち、しっぽが蛇、フィクションの小説で登場する、キマイラと呼ばれる生物そのものだ。



「異世界にでも飛んじまったのかね、俺は…」



 今日の出来事を考えればあり得なくもない。だがもしそうだとしたらハードモードにも程がある。突然見知らぬ建造物の中に閉じ込められ、挙句の果てにこんな化け物に相対させられるなんて。



「GUWAAAAAAAAAAA!」



 キマイラは雄たけびを上げ、俺の方向へと走りこんでくる。その速度はその巨体から考えられるような速度ではなく、まるでトラックみたいなスピードだ。


 先ほどは固まって動けなかったが、流石に今度はそういうわけにもいかない。俺は恐怖をねじ伏せ、必死の思いで体を動かして来た道へと走り出す。今なら自己ベストを更新できるような速度だが、勿論それで逃げ切れるはずもなく…



「GURA!」

「!?───かはっ」



 キマイラは先ほどの玉のように何か特別なことをしたわけではない、ただ俺に突っ込んできただけ。それなのに、俺の体はまるでゴムボールのように数回バウンドしながら数十メートル吹き飛んだ。


 幸か不幸か、意識は失わずに済んだ俺は、必死の思いで体を動かす。自分の体の状態を確認するが、右腕は変な方向を向いているし、今ので服もボロボロだ。シャツは所々が赤く染まっていて、多分あばらも何本か折れてるな。



「ははっ……こりゃ無理だ」

 

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