2.青年の日常 後編
時は少し進み、6時間目終了のチャイムが鳴る。いつもならホームルームのあとにほとんど生徒が部活へと向かうが、今日は少々様子が異なる。
「それじゃ、明日に向けて集会を行うから、第一体育館に集合ね」
担任の先生がそう言うと、生徒達はぞろぞろと教室を出る。何を隠そう、明日から学生生活の一大イベント、修学旅行だ。
いくらエリート集団とはいえまだ高校生、こういう行事で浮き足だってしまうのは変わらない。…なんだか俺が一人冷え切っているみたいだが、それには理由がある。
「ねぇ英夢君、ほんとに来ないの?」
「……なぎさ、何回も言っているが、この日がダメなのは知ってるだろ?」
「それは分かってるんだけどさぁ、小学校も中学校を一緒に行ったのにー」
「まぁまぁ、英夢も行きたくないわけじゃないんだし」
それは単に行かないからだ。既に担任にも事情を説明して了解はもらってある。俊の言う通り行きたくないわけではないが、明日はどうしても外せない用事がある。
「お土産、いっぱい買ってくるからね!」
「それは嬉しいが、買いすぎるなよ?」
「大丈夫、僕が見とくから」
お前は親か、と突っ込みたくなるが、実際お目付け役にはピッタリなので間違っていないかもしれない。
話している間に他の生徒は体育館に向かってしまい、残っているのは俺達三人と担任だけになっていた。
「ほら、早く言って来い。思いっ切り楽しんで、今度土産話でも聞かせてくれ」
「うう~」
何やらうなり声をあげながら、しぶしぶといった表情を隠さないまま教室を出るなぎさ。その隣では俊が苦笑いを浮かべながら彼女を宥めている。
「相変わらず、あの二人が並ぶと絵になるわねぇ」
担任の一ノ瀬先生が何やら呟いているが、確かにその通りだと俺も思う。二人とも美形だからな。密かにファンクラブができているくらいには人気者だ。俊の方は気づいてそうだけど。
……ちなみに二人と親しい俺は、その二勢力から目の敵にされていたりする。俺の容姿は極々一般的な水準なので仕方ないのかもしれないが、人の交友関係で一々チクチクとした視線を送らないで欲しい。
容姿で人と違う点といえば、前髪に一房ある青いメッシュくらいか。これも中学生のときには教師からいろいろと小言を言われたので、あまりいい思い出もない。染めても染色剤と相性が悪いのか、すぐに戻るんだよな。
「天崎君、あなたはどうする?集会には参加しないでしょ?」
少し思考にふけっていると、担任の一ノ瀬先生が話しかけてきた。肩まで伸ばしている黒髪に、少したれ目のこの先生も、なぎさに負けず劣らずの美人だ。
正確な年齢は知らないが、俺達とそう大差ないと思う。ふわふわとしたしゃべり方や雰囲気も相まって、生徒達からの人気も高い。
「ええ、弓道場によってから帰ろうと思います」
「わかったわ、早退扱いにはしないから安心してね~」
「助かります」
俺は軽く頭を下げ、そのまま立ち去ろうとしたのだが、
「それと」
「?」
「困ったことがあったら何でも相談すること。なんなら愚痴でも聞いてあげるから」
いつものふわふわした雰囲気から一転、真剣な表情でそう言ってくる先生。
とはいえ、自分の中で心の整理はついているし、心配は不要なんだけどな。
「……はい、それでは」
「は~い、また明日、じゃなくて来週ね~」
俺はそのまま教室を出て弓道場に向かう。──後になって俺は思う。あの日一緒に行動していれば、また違う道を歩んでいたかもしれない、と。
♢ ♢ ♢
教室を出た俺は、そのまま弓道場へと向かう。俺達二年が一番部活に注力するためか、教室からはかなり近い。生徒帳をかざし、ロックを解除する。ここらへんのセキリティもこの学園ならではだ。
道場の中に入ると、ヒュッ、ヒュっと音が聞こえてきた。どうやら先客がいるらしい。時間的に他学年はホームルーム中なのでいったい誰かと思ったが、その姿を見て納得した。
「来てたんですか、部長」
「あら、英夢君。今日は早いのね?それと部長は私じゃなくてあなたでしょう?」
「あー……くせは中々抜けないもんですね。お久しぶりです、桜先輩」
この人は霞ヶ丘桜先輩。俺が所属している弓道部の前部長で、名前から分かる通り、この霞ヶ丘高校のオーナーである霞ヶ丘グループのご令嬢だ。
長い黒髪をポニーテールでまとめて、黒縁の眼鏡をかけている。170㎝を超えている俺とそう変わらない身長や整った顔立ちもあって、男女問わず学生達から人気を博している。
ただ高嶺の花だとでも思われているのか、あまり色恋の話は聞かないな。実際高嶺の花なんだけど。
「それにしても珍しいですね、桜先輩が顔を出すなんて」
「ほんとはもっと来たいんだけど、受験している人たち居る手前なかなか、ね」
「……他の先輩達、結構息抜きに来てますよ?」
「え」
桜先輩は推薦によって霞ヶ丘大学に進学が確定している。時間的にはまだホームルーム中なのにここへ来たのも、進学先が決定した三年生は自由登校だからだ。
普通なら裏口だのなんだの言われそうではあるが、本人が本気で受験すればもっと上に行けるので、そういった話は全くない。
「なによまったく、気遣って損しちゃった」
「あはは……今度はあいつらにも顔見せてやってください、きっと喜びますから」
「勿論よ……ん?『今度』ってことは、もしかして今日オフだった?」
「はい。明日から修学旅行ですからね、俺は備品の点検に来ただけです」
「あ、もうそんな時期か、懐かしいわね。そっか、あれからもう一年経つのかぁ」
去年の修学旅行を思い出しているのか、少し視線を上に向け、遠い目をしている先輩。弓道衣を身にまとった先輩は、いかにも大和撫子といった風貌で、なんというか、とても絵になる。
「……で、もうちょっとやっていきます?このあとは暇なんで、それでも構いませんけど」
「う~ん……いや、みんなが来ないなら帰ろうかな」
「んじゃ、ここはやっとくんで着替えといてください」
「ありがとう、お言葉に甘えるわ……覗かないでね?」
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