悪役令嬢の姫様は、ヒロイン聖女を可愛がりたい ~転生従者のゆりゆり観察記~

真己

番外編(二人が仲良くなった後のお話)

姫様は、ヒロイン聖女をおうち時間に誘いたい


「あの子に、招待状を出しましょう。今すぐ」

 椅子に腰掛けた俺の主人──アナスタシア・ラーザレヴナ・オルロフが、そう決断した。


「了解しました。こちらを、姫様」

 俺は、机上に素早く便せんを差し出した。オルロフ公爵家の紋が薄く印刷された、姫様だけが使えるもの。


「流石、セイね」

 端的に言葉が発せられ、俺は感動で敬する。「流石」と言われることが、俺にとって最高の賞賛だ。


 何しろ、俺が仕える姫様は、誰よりも尊く、美しいのだから。

 腰まで伸びたピンク色の髪は、柔らかなツインテールに。深く聡明な眼差しを丸眼鏡で縁取って、俺に微笑む。菫色のワンピースドレスは、皺一つない。当然だ。


 何しろ、俺がお世話させてもらっているんだからな!!


 身もだえそうなのを押さえ、従者らしい理性的な表情を浮かべる。

 語彙力がない俺は、もう脳内で叫ぶしかない。


 十六年間、片時も離れず傍にいたのに、未だに姫様の美貌にドキドキする。

 仕方ないだろ。

  だとしても、こんな美人に耐性ねえよ!


 そう、一度目の人生で病死したあと、俺は乙女ゲームの世界に転生してしまった。流行の異世界転生ってやつ。

 病弱だったから、死ぬのは覚悟はしていた。病室から出られなかった前世を思えば、今生きているのは奇跡で、神様には感謝してる。


 それでも、それでも乙女ゲームに転生するか??


 転生できるなら、俺は、ギャルゲーが良かったぜ……っ。


 だって、ギャルゲーのほうが女子いんじゃん!!

 俺は、女の子たちがイチャイチャしてんのが好きなんだよ……っ!


 分かってもらえるだろうか。

 俺は、百合――ガールズラブが、命よりも大切なんだ。

 男なのに、乙女ゲームをしていたのも、ヒロインとライバル令嬢の関係が、大・大・大好きだから。


 そして何を隠そう、その乙女ゲームが、この世界なのだ!

 剣と魔法の世界で、ヒロイン令嬢が、愛を手にする王道ストーリー。

 複数の攻略者と絆を深めるヒロインに、悪役令嬢が立ちはだかり、「貴族の愛」を問う。

「――国のためなら、個人の愛など不要でしょう」

 悩み、苦しむヒロインが、どんな結末を描くのか!

 

 いやー、今思い出しても、いいストーリーだった。

 泣きはらすヒロインに、気高く諭す姫様のスチル。病室に飾ったもんな、うんうん。


 いや、話を戻そう。

 つまり、俺はその悪役令嬢の従者として、新たなセイを受けたわけ。

 

 長い間、姫様は悩んでいたようだ。

 ふわりとツインテールが揺れた。

「……ねぇ、セイ。あの子になんて書けば、いいかしら……?」

 微笑みを浮かべてばかりの姫様が、そっと頬を赤らめて、上目遣いで問いかける。

 

 ぐッ……っ!!

 脳内の俺が、胸を押さえながら、吐血する。

 今日も、可憐で美しいな、おい!!


「っ、チヒロ様でしたら……、姫様がどんな言葉を送ってもお喜びになると思います」

 リン様――姫様の初めてのお友達は、黒髪の短髪が眩しい異世界の聖女である。底抜けの明るさと、お人好し故のトラブルメーカー気質が目立つ。そして、何より元気で可愛い。

 にこやかではあるが、立場ゆえに一線を引きがちな姫様と、相性がいい。実に。誠に。相性が良すぎて、もはや百合にしかみえない。百合、百合……っ!


「そうよね……、チヒロさんなら何をしても喜んでくださるから、……悩むわ」

 ペンを握ったまま、桜色の唇をなぞる。


「そうですね」

 生まれて初めての行為に戸惑う姫様は、愛らしい。

 この悩み様を見せれば、チヒロ様だって飛んでやってくるだろうに。


「やっぱり、お手紙はハードルが高いわ。部屋に、あの子が好きそうなインテリアを集めるところから始めましょう」


 ペンを置き、両手を胸の前で押さえる。


 厳しくするのには慣れてても、甘やかすことには慣れてない。

 立場を巡って争ったのだから、なおさら。


 でも。


「……正直、姫様が直接お誘いになれば、簡単だと思いますよ」

 そうぼそりといいつつも、好きな子のために悩む姫様を見るのは楽しい。

 チヒロ様には、後で俺が誘ってしまおう。姫様と百合のために。

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