こたつの殻

里場むすび

こたつはカラである

「ひがな一日家にいても気が滅入らずに済む唯一の方法をしってる?」

 かつて、誰か(たぶん友達だった人。顔も声もはっきりとは思い出せないけど、たぶん)がそう言った。

「こたつの殻を纏うことだよ」

 冗談めかして言った彼/彼女はなぜそんなことを言ったのだろうか。なぜそんなことを知っていたのだろうか。今となってはもう分からない。私に知るすべはない。

 あらゆる繋がりを拒絶して、こたつの殻に引き込もった私にはもう。


 きっかけは、■■■■■だったと記憶している。(思い出したくもないので覚えてはいるけど努めて認識しないようにしている。でも夢の中じゃ自意識が曖昧なせいか容赦なくその記憶がリピート再生されるので、私は眠るのが嫌いだ)

 私は家の中で過ごすようになった。

 きっかけは、■■■■■だったと記憶している。(例によって覚えているけど認識はしたくない。これも、夢の中じゃ容赦なくリピート再生される)

 私はこたつの殻を被るようになった。

 一昔前の携帯ゲーム機や電子書籍専用端末を持ち込んで、外からコンセントの延長ケーブルを引っ張ってきて、そうして私はおうち時間をこたつ時間にして過ごしている。

 独りきりだけど安らかでゆったりとしていて、停滞しているけど確かに前に進んでいる感覚の味わえる時間。積読本も積みゲーも大量に消化できてとても楽しかった。

 けれどそれも、最初だけ。

 こたつの中は息苦しくてむせかえる汗の臭いが不愉快で、だんだんと居心地が悪くなってくる。

 でも、一度外に出たらまた、嫌なことが起こると分かっているのでこたつの殻に閉じ込もる。大丈夫、このくらいなら我慢できる。

 しばらくすると、ゲームも本も放り出して自問自答の内省パートが始まった。

 悶々と、眠るようにして混濁する意識が過去と未来の検証作業を延々と行う。

 たとえばそれは、私がもっと上手く他人と付き合えていたIF。このIFでは、私がバイトをやめることはなかった。店長とは仲良くなっていて、個人的な会話を交わす関係——友人にさえなっていた。

 たとえばそれは、私が受験に失敗しなかったIF。浪人せず、東京の大学に通うために一人暮らしを始めていた私はYouTuberとして活動を開始していて、そこそこ上手くいっていた。収益化ラインには程遠いけれど、満ち足りた時間を過ごしていた。

 けれど、現実はそうではない。

 人付き合いの不得手な私は「自分がいない方がなにもかも上手くいく」——そう考えて私という存在を世界から消そうとした。

 実家暮らしの私は親の愚痴が聞きたくなくてこたつの殻に閉じ込もった。

 だけど、世界と隔絶し、断絶するためにはそれじゃあ不完全だ。

 結局、ゲームをやるにもこたつを暖かくするにも、外部からの電力供給が必要不可欠。この私だって、食事をしなくては生きていけない。

 完全な隔絶、完全な断絶、そのためには死しかない。

 だけど、死さえも。もしかしたら。完全な孤独には至らないのかもしれない。

 死後の世界なんてものがあるのだとしたら、私は独りになれない。

 昔、おじいちゃんが地獄の絵図を見せてくれたことがある。そこには、罪人たちがたくさん描かれていた。どの絵にも、罪人が独りきりというものはなかった。

 ……では、逆に、真なる孤独のためには世界を滅ぼすしかないのかもしれない。

 死んだらみんな一緒のところに行くというのなら、生きてるうちに完全な孤独を————。



 ……ものすごく大きな音がして、目を覚ました。

 こたつの外から町内放送が聞こえてくる。

『……隕石がこの街に向け落下するとの発表がありました。避難する際は落ちついて、あわてずに…………』

 夢だ。隕石落下なんて、そんな荒唐無稽なこと、現実にあるはずがない。

 私は目をつむって、眠りに落ちた。

 ……次に目を覚ますと、世界は荒廃していた。ただ、私のこたつがあるばかりで、一面真っ暗だった。

「まさか……本当に隕石が……?」

 ほかのみんなも、街も、みんな消えてしまったのだろうか。それで、こたつのシェルターに籠っていた私だけが助かった……?


——これは、ちがう。


 ……ものすごく大きな音がして、目を覚ました。

 こたつの外から町内放送が聞こえてくる。

『……ゾンビウイルスが○×高校理科室で発生しました。感染者はすでに200人に上るとの報告を受けています。ウイルスは空気感染の恐れがあり…………』

 夢だ。ゾンビなんて、そんな荒唐無稽なこと、現実にあるはずがない。

 私は目をつむって、眠りに落ちた。

 ……次に目を覚ますと、世界は荒廃していた。街中をゾンビが徘徊していて、ヒトの社会は崩壊していた。

「まさか……本当にゾンビが……?」

 双眼鏡で見てみると、バイト先の店長や両親がゾンビになっているのが見えた。どうやら、助かったのはこたつのシェルターに籠っていた私だけらしい。


 ——これも、ちがう。


 私は幾つもの滅亡の可能性を見た。すべて、都合よく私以外の人間が死滅していたけれど、こたつの中にいるよりも居心地が悪くて、最終的な結論としてはみんな、「これは、ちがう」だった。


 ……目を覚ました。今度は現実だろうか、それともまた夢だろうか。

 私は確認のために、数日ぶりにスマートフォンを手に取った。SNSのトレンドを見て、政治的なワードがトレンド入りしてるのを見て確信する。現実だ。

 通知アイコンにバッジがついていたのでタップしてみる。目に飛び込んできたのは、私宛てのメッセージだった。


 久しぶり。覚えてる?


 たったそれだけだった。自分がどこの誰かも説明する気がまるでない。いや、しなくても分かってもらえると確信しているかのような文面。

 そして悔しいことに、私は分かってしまった。


 私に、こたつは殻だって教えてくれた人


 どきどきしながら返信する。手汗のせいで、入力に時間がかかった。

 私はこたつから頭を出して、外の空気を吸う。

 相変わず閉塞感のある家の中。だけど、少しだけ呼吸が楽になったような気がして、身体を起こす。そうしてはじめて気付いた。こたつの上に、ご飯が置かれていることに。それはなんだか、ここに居てもいい、そう言っているかのようだった。


 家の中、それが実家ともなれば息が詰まる。

 人の輪の中も、息が詰まる。

 どうしようもない閉塞感が胸の裡を満たして、苦しい。

 だけど、こたつの中よりは呼吸がしやすいところだ。


 私はスマートフォンの画面をじっと見つめながら、ご飯を食べはじめる。

 歩いて行けるところに居場所がなくても、電子の海になら、記憶の奥底にならある。

 家の中に居場所がなくても、ここは存在を承認してくれる場所ではある。


 こたつの中は、もはやカラになっていた。

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こたつの殻 里場むすび @musmusbi

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