ノーパン イン ザ ホーム

春菊 甘藍

 パンツ履かないからじゃない?

 令和二年。

 この年、私の兄は大学生となった。もともとオタク気質で根暗な人だが、これを気に垢抜けていくのだろうなと思っていた。


 しかし、時勢が悪かった。時は緊急事態宣言、真っ只中。憎きあるウイルスの所為で、私自身も中学校に登校できなかった。兄の大学はオンライン授業となり、手応えのなさそうな日々を過ごしていた。


 そして9月、兄は大学に入学して半年が過ぎようとしているが未だに大学に行った事が無いようだ。正直、こいついつもいてウザいなと思っているのは内緒だ。面倒くさい性格の兄は、これ見よがしに傷ついたアピールをしてくるだろう。中二女子にダル絡みしてくる19歳男子大学生の様はかなり見るに堪えない。


 再開した中学校の授業を終え、家に帰る。そうするといつも通り、リビングには兄の姿があった。


「なあ、妹よ。話を聞いてくれまいか」

「その絡み方ウザいよ、兄さん。で、何?手短にお願い」


 兄は家族以外に話し相手が居ないのだ。哀れみから必要最低限は口をきいてやろう決めている。


「俺、パンツ履くのを止めようと思うんだ」


 こいつ何言ってんだ?


「いや、な。思ったんだよ。家に居るから俺も洗濯物干したりとかするじゃん?」


 家に居る時間が長い兄は、それこそ半強制的に両親から家事を任されていた。


「そのときにさ、面倒くさいから洗濯物減らせないかなって思ったわけ」

「ハア」


 話半分に聞くが、目線はスマホに移す。


「でもさ、普段学校行ってるお前とか、仕事行ってる親に着る物減らしてくれとは言えないじゃん?」


 当たり前だ。そんなこと言った日には、もう口をきいてやらないからな。


「でさ、自動的に減らせるのは俺だけになる訳だ。しかし俺はいつもジャージを着ていてそもそも出す洗濯物の量が少ない」

 

 家に居る兄の姿は、こいつだけ同じ日ループしてんのかってくらい見た目が変わらない。 


「そこで、だ。何か削れるものは無いかと考えた時にぱっと思いついたのがパンツだった。って訳よ」

「いや、話の着地点おかしい。不時着どころか空中分解してるじゃん」

「お、その例え良いね~」


 こんなおふざけにいつまでも付き合っている程私は暇じゃ無い。何事かまだしゃべっている兄を無視して、自室に戻った。


 数日後


「解・放・感~!!!」


 朝っぱらから、奇声を上げる我が家の恥こと兄が庭にいた。不快極まりない目覚めだ。


「ふん!ふん!」


 早朝、兄は庭で竹刀の素振りをやっている。高校時代剣道部だった名残だろう。素振りを終え、兄が庭から戻ってくる。


「いや、気付いたよ。パンツを履かない事による機動性の上昇は目を見張るべき物が有る」

「ガン○ムで例えるなら?」


 起き抜けの父が会話に参加する。


「ん~。ザ○がド○になった感じかな」

「そりゃすごい」


 全く何が凄いか分からない。進化するなら、ガン○ム位にならないとダメなのではないのか。



 年が明け、一月。

 政府は全国的な感染者増大を受け、緊急事態宣言を発令するとニュースで報道されている。


「今日の俺、偉い!三時間もパンツはいてたぞ!」


 あの日以来、兄のパンツ装着時間は日に日に減少している。立派な社会不適合者誕生である。今日はバイトに行っていたため、パンツを履く時間があったようだ。

 さすがの兄も外に出る時はパンツを履くらしい。


「んんん~!緊急事態宣言、発令!」


 いきなり、奇声を上げ始める。


「開放感不足により、ストレス値上昇!キャストオフ!」


 そう言いながら、いそいそと脱衣所へ向かっていた。まだ理性が残っているのか人前で脱ぐようなことは無い。ただし……


「そんな緊急事態宣言あってたまるか!」


 私が反応すると兄はピタリと動きを止め、天井を見つめる。


「俺、何でモテないんだろ……」


 何を言っているのか、こいつは。そんなの挙げだしたらキリが無い。だがまあ、まず指摘すべきは……


「パンツ履かないからじゃない?」


 これに尽きるだろう。









 




 



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