読者に届けるために必要な儀式は年に4度訪れる

 グループラインに、ナナから「遅くなってすみません。さっき送りました!」とメッセージが入った。「おつかれ!」というスタンプを返すと、私以外の皆も、ナナの労を労った。

 パソコンを立ち上げて、メールをチェックする。Wordファイルが添付されたメールが確かに届いていた。USBメモリにWordファイルを保存する。これで、すべてのデータが揃ったことになる。

 明日は、祭りだぜ……。

 私は、指を鳴らした。




 翌日は半日授業だった。クラスメイト達が帰路に着く中、部室と言う名の小教室に足を向けた。扉を開けると、他の6人はすでに揃っていて、各々持参した昼食を開き始めていた。小さな部屋に、すでに話し声と笑い声と、それから美味しそうな匂いも満ちている。挨拶を交わしてから私も席に座り、お弁当を広げた。

「今回は何色にする? 最近は何色だったっけ?」

 ミナがお弁当を頬張りながら聞く。サツキが「前回がレモン色、その前が水色、そのまた前が……ピンクでしたっけ?」と返事をした。「黄緑とか良いんじゃないですか?」と、エイリくんが提案する。「よしそれでいこう」と私がキュウリの糠漬けを口に放り込みながら同意すると、「適当だなぁ」とヤヨイが呟いた。フタバが無言で頷く。


 昼食を取った後は、情報室に移動する。普段は主に情報の授業などで使われる、パソコンがズラッと並んだ部屋だが、放課後は生徒が自由に利用することが出来る。

 私達文芸部は、部誌を年に4回発行することを目標にしている。一冊のあたりのページ数は30~50ページ程度。B4用紙に印刷したものを折っていってB5の冊子を作るので、1部に必要な用紙の枚数は、8~13枚。1回の部誌の発行数は、大体40~50部程度だから、必要な用紙の枚数は……。

 まあつまり何が言いたいかと言うと、資源は大切にしましょうってことだ。私達文芸部の少ない部費の殆どは、この印刷用紙で消えていくんだから。下手に大量に印刷をミスしてしまうと、買っておいた用紙がなくなり、次号が薄くなるか、部数が減るか、最悪の場合、新年度まで発行が出来なくなってしまう。

 だから、印刷を開始する前は、印刷間違いがないか、よ~く確認する。

 ……なのに。

「ストップストップ! ページ順おかしいです!」

「ヤバいヤバいヤバい!」

「止めろ止めろー!」

 教室後方のプリンター近くで待機してた3人から、慌てて停止の声がかかった。

 なんで、毎度必ず失敗するかなぁ……。

 私の隣に立っていたフタバが、私の前のマウスを操作し、データと印刷の設定を確認する。どうやらページ設定の部分で、おかしな部分があったらしい。何かしら操作をし、印刷が再開される。今度は、教室後方からの停止の声はかからなかった。

「イチカって、相変わらず機械オンチだね」

 フタバがため息交じりの苦笑いをした。

 私は、「ぴえん……」とだけ言って、悲しげな顔をして見せた。


 印刷したての大量の紙は、ホカホカしていて、とても温かい。

 ページ数ごとに縦・横の向きを変えて積み上げたそれを、皆で手分けして持って、部室へと戻った。部室を出る前に、予め机を並べて広いスペースを作っていたので、そこに紙を置いていく。

 それぞれ席に座り、印刷した紙を片っ端から折り始める。角と角がちゃんと合わさるよう、しっかりと。

 折り続けているうちに手慣れてきて、どんどんスピードが上がっていく。皆、お喋りを楽しみながらも手の動きは一切鈍ることはない。大量の紙の山が、折られていくことで高さが着実に上がっていく。

 気分よく折り続けていると、私の隣に座るヤヨイが、ふと何かに気づいて、私の手を掴んだ。

「イチカ、折る向き逆!」

 ヤヨイが、私が折った紙を一枚手に取り、印刷されているページ数と開き方向を見せた。

 私の前に積まれた、折った紙の小山を見つめる。

 これ、全部、逆向きに折り直し……。

「本当、うちの部長はドジっ子ですね」

 エイリくんが、笑って言う。

 私は、小さな声で「ぴええ……」と嘆くと、折ったばかりの山にのろのろと手を伸ばした。


 ハイパー折り紙タイムが終わると、広い机の上に、時計回りにページ順になるように、紙を並べていく。サツキが慎重に、机の周りを時計回りに歩きながら、先ほど折った紙を一枚ずつ取り、手の中で1冊になるよう、まとめていく。1周歩き終わったサツキが、手の中に出来た紙の束を捲り、「大丈夫です。ページ順、間違いないです」と報告した。

 全員が1列に並ぶ。私の前に立つサツキに何度も、「良いですか。手に取ったものを、手の中の紙の、一番上に置いていく方向です。こんな感じです」と、実際に紙を手に取り見せられながら、レクチャーを受ける。私は、神妙に頷いた。

「大丈夫。今度は1周回った時点で確認するようにするから」

「それが良いと思います」

 サツキも頷く。

 そうして、今度はハイパー綴じ込みタイムが始まる。1周回った時点で、手の中に出来上がった紙の束を捲り、ページ順を確認する。大丈夫、間違っていない。ホッと胸を撫でおろし、テーブルの周りをぐるぐると回る列に戻る。

 全員で列になって、テーブルの周りをぐるぐると歩き続ける光景には、何度経験しても、何かの儀式みたい……という感想を持ってしまう。と、私の後ろを歩いていたミナに話すと、「私も同じこと考えてた」と言って笑った。

 今回の部誌は、50部用意したので、一人当たり7周くらいしたところで、大量にあった紙の山は、全部、冊子の小山へと姿を変えた。

 ……はずだった。

「なんで、一部残ってるんですかね……?」

 ナナが、声を上げた。

 今、私たちの前には、折られた紙が各ページ1枚ずつ残っている……特定のページを除いて。

 原因としては、49部しか刷っていないページがあった可能性もあるけど、同じページを2枚挟んでしまった、落丁のある冊子が出来てしまった可能性もある。

「同じページが並ぶ分にはまだ良いけど、万が一どこかのページが抜けてたりすると申し訳ないから……、しょうがない。確認しようか」

 ミナが言って、全員が綴じ込み終えた冊子のチェックを始めた。一人あたり約7冊を確認すればいいから、まだ何とかなりそうだ。

 確認を始めてすぐに、サツキが、「あ、ありました」と声を上げた。冊子から紙を1枚引き抜くようにする。確かに、行方不明になっていたあのページだ。

 それを見て、すぐに、「あ、これ私が折ったやつだ」と気づき、素直に白状した。どうやら、2枚重なっていることに気づかないまま、折ってしまったらしい。

 「ごめんね☆」と、テヘペロポーズで謝ると、部室内に「やれやれ……」という空気が満ちる。サツキが引き抜いた1枚を使って、最後の50部目の冊子が、ようやく作られて、今度こそ、ハイパー綴じ込み作業は終了した。


 今回の部誌の表紙の色は、ランチミーティングの際に黄緑色に決定している。7人の部員の中で唯一絵の描けるヤヨイが描いた表紙も、先ほどの情報室で印刷済みだ。今回の表紙絵も良い感じだと、皆でヤヨイを褒めたたえた。ヤヨイは照れたようにしていた。

 ここからは手分けして作業を進めた。表紙を折る者、折った表紙に先ほど作った本文部分の冊子を挟み込む者、そして、それをホチキスで留める者。

 私は挟み込み係になったけど、それをホチキスで留めるフタバが、向きをしっかりと確認してから留めてくれていたので、今度こそ安心だ。

 この作業はすぐに終わった。 

 これで、今度こそ、本当に、部誌の完成だ。

 皆でハイタッチしあって、お疲れ! と声を掛け合った。


 出来上がったばかりの50部の部誌を手分けして持って、まずは職員室に向かう。

 顧問のヤワタ先生に、部誌が出来たことを伝え、1冊献上した。ヤワタ先生は、「お~、出来たか」と言うと、顔を綻ばせた。

「毎度、読むの楽しみにしてるんだよ。ご苦労さん」

 先生の言葉に、私たちも嬉しくなって、お互いに顔を見合わせてほほ笑みあった。


 職員室を出ると、図書室に向かった。完成した部誌は、毎回、図書室前のラックに置かせてもらって、自由に持って行ってもらうようにしている。

 図書室内にいた司書の先生に声をかけてから、ラックに部誌を並べた。それから、私達も、各々部誌を1冊頂戴する。私は皆から原稿データを集める段階で、すべて読んでしまったけれど、皆はお互いの作品をまだ読んでいない。帰ったらじっくり読むんだと口々に言って、鞄に入れた。

 それからお互い別れの挨拶を交わして、幾つかのグループに分かれて、帰路に着いた。




 週明け。月曜日の放課後。

 土日の間に読み終わった本を返して、次の本を借りようと、図書室に向かった。

 図書室に入る前にふとラックを見ると、先週私たちが帰路に着いた時に比べて、部誌が少し減っていた。誰かが、持って行ってくれたのだろう。

 私は、嬉しくて、ついニヤリと口角が上がってしまう。慌てて表情を引き締める。


 顔も知らぬ読者様。

 私たちの物語を楽しんでいただけたなら、これ以上の幸せはございません。


 よし、次号の編集後記の締めの言葉はこれにしよう!

 そう思いついて、弾む心で図書室の扉を開けた。




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