スマートフォンの つかいかた

 かまぼこ板より少し大きいくらいのそれを前にして、そもそも電源の入れ方も分からなかった。昨日まで使っていたガラケーだったら、折り畳まれているのを開くだけで画面が点いたが、今手にしているスマートフォンは、そもそも、折り畳まれていない。


 スマホを握ったまま固まっていると、横から伸びてきた手が側面のボタンを押して、画面が点いた。

「電源はここ」

 手を引っ込めながら、娘がぶっきらぼうに言った。娘は娘で自分のスマホを見ている。

 初期設定の壁紙を見つめる。少ししたら再度画面が消えた。電源ボタンを押す。画面が点く。画面を見つめる。画面が消える。電源ボタンを押す。


 がめんの つけかたを おぼえた!


 並んでいる丸いマークが、それぞれ何を示しているのか全然分からないが、電話とメールのマークだけは分かった。

 ドキドキしながら、電話のマークをグッと押してみた。電話の画面が開くのだろうと思ったら、画面は変わらないまま、何故か電話のマークがプルプルと震え始めた。

 えっ、えっ、と戸惑っていると、娘が「何してんの」と眉を顰めながら言った。画面を見せると、娘の指がすぐに下の方の丸いボタンを押した。電話マークの震えが止まった。

「もう1回タップしてみて」

「たっぷ?」

「もう1回電話のアイコン押してみて」

 今度こそ、と思って、電話マークをさっきよりも力を込めて押す。また電話マークがプルプルし始めた。

「強く押しすぎ。画面割れる。あと長押しになってる」

 娘が再度丸いボタンを押して電話マークの震えを止めてから、電話マークに軽く触れた。数字が並んだ、電話の画面が現れる。丸いボタンを押すと最初の画面に戻った。

 娘にスマートフォンを返される。今度は、そ~っと、震える指先でちょんっと、電話マークに触れた。無事に、電話の画面が開いた。


 たっぷの やりかたを おぼえた!


 早速、家の固定電話に電話をかけてみることにする。

 電話番号の順に、数字を"たっぷ"していく。終わった後、少しの間待ってみても、家の電話は鳴らなかった。首を傾げてから、画面に大きめに表示されている緑色の丸い電話マークを押すのか、と気がついた。覚えたばかりの”たっぷ”をする。やっと家の電話が鳴り始めた。ホッと胸を撫でおろす。

 電話を切ろうと思って、例の丸いボタンを押した。最初の画面に戻ったが、家の電話は鳴り続けている。慌てて電源ボタンを押すと、画面は暗くなったが、相変わらず家の電話は鳴りやまない。

 訳が分からずおろおろしていると、娘が自分のスマホから顔を上げ、「うるさいんだけど」と睨まれた。

 慌ててスマートフォンを渡すと、娘は電話の画面を開き、赤くて丸い電話マークを押した。家の電話が、やっと鳴りやんだ。

 ガラケーなら、電源ボタンを押せば電話は切れるのに、どうやらスマートフォンは違うらしい。電話が切れないのは死活問題なので、忘れないようにしようと固く決意した。


 とにかく でんわの きりかたを おぼえた!


 あとは、メールが打てるようになりたい。

 が、ここからはいっそう大変だった。まず、メールアドレスを打とうにも、アルファベットが打てない。ひとまず、娘に家族のメールアドレスを、電話帳に登録してもらった。メールを打つ際には、この電話帳から送りたい相手を選ぶことにする。

 文字を打つのは、ガラケーと同じように、ボタンを何度も"たっぷ"していけばいいので、まだやりやすかった。時間はとてもかかるが、ごく簡単な文章なら、なんとか打てるようになった。


 メールの おくりかたを おぼえた!


「てか電話とメールだけだったら、スマホにした意味なくない?」

 娘にそう言われるが、これ以上使いこなせるようになる気がしないので、首を振った。

「LINEだけでも使えるようになってよ。私メール殆どやらないし」

 そういうと娘は、私の手からスマートフォンを取り上げ、勝手にLINEを入れた。相手に表示されるという名前も本名で設定し、「アイコンどうしようかな~」と、顎に手をあて、悩み顔になった。

「あいこん?」

「その人のマークみたいな感じ。普通に顔写真でも良いんだけど、皆好きに設定してる」

 じゃあ、我が家で飼っている雑種犬のハピの写真が良い、と、娘に言ったが、「ハピの写真は私が使ってるからダメ」と却下された。

「まあいいか。適当で」

 そう言うと、娘はささっと何かを操作し、スマートフォンを私に返した。画面を見ると、丸い枠の中に、夏の家族旅行で撮られた、変な顔になってしまっている私の顔が収まっていた。

「これ、鳥取砂丘の……」

「そう! この顔面白すぎて本当何度見ても笑えるわ~」

 娘はそう言いながら、実際にゲラゲラと笑い出す。

「えー、やだよこれ。他のにしてよ」

「良いじゃん、どうせ家族しか見ないんだし。変えたかったら自分でやり方覚えな~。自分でやってみて、初めて使えるようになるんだから」

「やっぱりハピに変えてよ」

「ハピは私が使ってるからダメだってば」


 1つの画面を二人で覗き込みながら、わいわい言い合っていると、妻が帰ってきた。私たちを見て、少し驚いたようにする。

「あら、今日は随分仲が良いのね」

 妻がそう言うと、娘は急激に機嫌が悪くなり、「別に」とだけ言い残して、2階の自室へと行ってしまった。

 妻が、「あら、照れちゃって」と言って、ふふふ、と笑った。妻に、娘にスマートフォンの使い方を教わったことを伝える。「スマホなら、私が教えるのに」と返された。妻は私よりも数年早くスマホに変えて、今では娘ほどではないにせよ、かなり使いこなしている。


 妻に、LINEの送り方を教わる。早速、娘へとメッセージを送る。

『いろいろ おしえて くれて ありがとう』

 これだけの短文を完成させるのに、随分と時間がかかったが、なんとか娘に送信した。文末にハートをつけようとしたが、妻に、やめておいた方がいい、と、止められた。


 娘からの返信は早かった。『どういたしまして』と、猫のキャラクターが言っている、小さなイラストが返ってきた。妻が、それはスタンプというのだと、教えてくれた。


 LINEの やりかたを おぼえた!


 しばらく一人でスマートフォンと格闘した。夜が近づいて、夕飯ができあがる頃、妻に娘を呼ぶよう頼まれたので、どうせならと覚えたばかりのLINEを送って娘を呼んだ。娘はすぐに降りてきて、「同じ家の中にいるのにLINEで呼ぶ?」と呆れたように言った。


 食事中も、娘にスマートフォンの使い方について、いくつか尋ねた。娘は面倒くさそうにしながらも、ちゃんと答えてくれた。

 ふと、不思議な気持ちになる。スマートフォンは、遠くにいる人と、それを使って話をするためのものなのに、私の場合、すぐ近くにいる娘との会話のきっかけになっている。それが、なんだかおかしかった。

 急いで使い方を覚えず、ゆっくりと覚えていこうと、心の中で決めた。その方が、娘と長く、この話をすることが出来るだろう。

 娘と楽しく話をする私を見て、妻がニコニコと笑っていた。


 むすめとの きょうつうの わだいを みつけた!






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