次は、※※駅

 飛行機を降りた後は、すぐに小走りでバス停へと向かった。

 初めて利用する空港だから、本当は色々と見て回りたかったが、駅までのバスの最終便が迫っているので仕方がない。目的のバスに乗り込むと、乗客は私の他には大学生くらいの男の子しか乗っていなかった。少しして、バスは走り出した。


 車窓から外を眺めてみたが、いかんせん田舎のど真ん中に作られた小さな地方空港だったので、街灯も少なく、真っ暗な景色は眺めていて特に面白みはなかった。すぐに、スマホをいじり始めた。


 停留所をいくつか過ぎた頃、車内アナウンスが告げた次の停留所名がふと耳に停まり、スマホから顔を上げた。

「次は、○○駅」

 私が降りるのは終点のJR駅だが、それまでの間にも駅に停まるとは知らなかった。いや、そもそも空港の近くに駅がないから、終点の駅まで30分はバスに揺られないといけなかったはずだ。そう思い、一人首を傾げた。

 駅ということは、どこかに線路はつながっているんだから、降りて電車に乗った方が早く帰れるんだろうか?

 少し悩んだが、聞いたことのない駅だったし、この時間だと電車の本数が少なくなっているかもしれない。

 不安だし、やめとくか。

 そう思って、再度スマホに視線を戻した。


「次は、□□駅」

 その車内アナウンスに、またスマホから顔を上げた。

 連続で駅に停まるならば、ここで降りて電車に乗れば、終点のJR駅まで行けるのではないだろうか?

 そう思い、スマホから乗り換え検索アプリを立ち上げた。出発駅に「□□駅」、到着駅に自宅の最寄り駅を入力し、検索ボタンを押した。検索結果に目を見開く。

 曰く、「□□駅」は存在しないという。視線を上げ、車内前方に設置された電光掲示板を見ても、たしかに「□□駅」と表示されており、漢字も間違ってはいなかった。

 混乱している私を放ったまま、バスが停車する。窓から外を見ても、街灯がぽつんとあるだけで、街灯に照らされてない範囲に何があるのか、よく見えなかった。でも、これだけ暗いということは、駅ではない……と、思うのだが、空港から一緒に乗っていた男の子が、ここで下車してしまう。なんだか心細くなってしまい、ほんの一瞬、彼の後を追って私もここで降りたくなってしまう。逡巡している間にドアが閉まり、バスが再び走り出した。


 今回はスマホはいじらず、車内アナウンスと電光掲示板に集中する。

「次は、△△駅」

 また駅だ。恐る恐る、乗り換え検索アプリに駅名を入れて検索する。今回も、そんな駅は存在しない、という結果となった。

 ふと思いついて、スマホで地図アプリを立ち上げる。地図上に、現在地を示す青い丸が表示され、バスの速度に合わせて移動を続ける。地図を縮小してみたが、やはり周囲には駅も、それどころか線路もないようだった。


 私、怖いの、苦手なのに……。

 どんどん不安になってくる。鼓動が少しずつ早くなってくるのを感じる。これまでに読んでしまったことがある、怖い話が、頭の中に浮かんでくるのを、必死に意識の外に追いやる。

 心細さのあまり、友人に連絡をとろうと思いついた。現状を伝え、笑い飛ばしてもらい、他愛もない話をしていれば、あっという間に終点駅に着くかもしれない。


 早速メッセージアプリを立ち上げようと、スマホの画面をつけて、突然思い至った。

 メッセージアプリではなく、インターネットブラウザを立ち上げた。検索欄に、「△△駅」と入力し、検索ボタンを押した。


 検索結果に、私は深い安堵の息を漏らし、笑みをこぼした。

 電子の海が教えてくれたのは、この辺りには昔、鉄道が通っており、それは随分前に廃線になったということだった。

 これまでに停まった三駅は、その廃線の駅だった場所、つまりは廃駅だそうだ。どうりで乗り換え検索アプリでヒットしない訳だ。


 私はすっかり安心して、スマホを閉じた。終点まではあと10分足らずだろう。今度友達に会ったら、このドキドキのバス移動について、話して聞かせようと考えた。先ほどまでの不安が嘘のように、今は気持ちが落ち着いた。


 バスが、廃駅である「△△駅」を通過した。相変わらず街灯が照らす範囲は限定的で、そこに何があるのかもよく見えないが、正体が分かった今となっては、なるほど、なにかしらホーム跡のようなものが、あるように見えなくもなかった。


 バスが、「△△駅」を通過して、車内アナウンスが、流れた。

「次は、きさらぎ駅」

 固まった。思考も停止する中、顔をゆっくりと上げて、電光掲示板を確認する。そこには、確かに、「きさらぎ駅」と表示されていた。

 視線をズラし、運転手を見やる。

 フロントウインドウに、運転手の顔が、反射してうつっている。その顔は、両の口角を限界まで吊り上がり、三日月のように細められた目は、ウインドウ越しに私を見て、ニヤニヤと笑っていた。


 錆び付いてしまったかのように首を回し、窓の外を見ようとして、すんでのところでやめて、下を向いた。絶対に、外を見てはいけないと、自分の中の何かが警鐘を鳴らした。


 怖いものが苦手な私でも、「きさらぎ駅」の話は知っている。それを思い出し、体が震えそうになる。

 「きさらぎ駅」って、バスでも行けるのか……。

 そんな場違いなことを考えて、意識を逸らそうと、無駄な努力をする。


 視線を上げたら、バスの周りにへばりついてこちらを覗き込む、大量の何かが、視界に入ってしまいそうで、私は、とにかく自分の爪先を見つめ続けることしか、出来なかった。




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