君を君だと直観する手法
「……お前、本当に雨宮か?」
「さっきからそうだと言っているじゃないですか。人の話、聞いてます?」
そんな姿で言われても、にわかには信じられない。俺は、仮にも科学の道を志した身なんだぞ。
でも。
「この声を聞けば、直感で私だって分かるでしょう? あれ、この場合は、直感と直観、どちらが正しいんでしょうね? 〝感じる〝方と〝観る〝方。お間違いなく」
このムカつく喋り方は、確かに雨宮だ。
ひとまず、雨宮の疑問について。
〝感じる〝方は、肌感覚で直感的に分かること、〝観る〝方は、心の目で見て分かること、と、覚えると良いと、聞いたことがある。
そこから考えると。
「……この場合は、〝感じる〝方で言えば、直感で、雨宮、だと、思う。〝観る〝方で言えば、直観で、雨宮、だと、思うことは、できない……」
当たり前だ。彼女は今、こんな姿をしているんだから。
目の前の、雨宮を名乗るものを見つめる。
ここ最近1日の大半を過ごしている研究室の中。実験台の上。研究室メンバーが、研究に使用している、体長40cmの、武骨な二足歩行ロボット。ヒューマノイドと名乗らせることは憚られるほど、メカメカしいデザインをしている。当然だ。研究に必要な動きが再現されれば良いので、わざわざ見た目を人間に寄せる必要はない。
その、当研究室のロボット、LBD-22が、雨宮の声で、自分は雨宮だと名乗っている。自律的にガシャガシャと手足を動かしながら。
「何度も説明してる通り、これは計画通りなんです。私の死後……これは、私のアクセスが1週間途絶えた場合、と定義しましたが、予めLBD-22に入れておいた私の意識が目覚めるよう、プログラムしておいたんです。実験は成功です」
「いやいやいや……いやいやいやいやいやいや…………」
俺は、何度も首を振る。
「これ、雨宮が仕掛けたドッキリだろ? 人間の意識がロボットの中になんて、そんな、そんな研究、聞いたことがない。あ、もしくは、研究室の皆で仕組んでるのか?」
今、研究室の中には俺しかいないはずだが、思わず研究室の中をキョロキョロと見回してしまう。やはり誰もいないようだが、隠しカメラくらいあってもおかしくはない。
「はあ~。ここまで言っても信じてくれないんですね。相変わらず先輩は頭が固いです」
雨宮が、機械の腕を肩の辺りまで上げ、やれやれというように首を振る。
「じゃあ、逆に聞きますけど、先輩は普段、何をもって私を私だと判断しているんです?」
「判断?」
「例えば、私が……これは生前の私を想像してください。生前の私の、見た目そっくりな私が、二人いたとします。どちらが本物の私だと判断しますか?」
「それは……話せば分かるんじゃないか? 話し方とか、癖とか、仕草とか、雰囲気とか……そういったものから違いを探せば、どちらが雨宮か、分かるかもしれない」
「なるほど。見た目以外の部分で判断する訳ですね」
では、次の質問。と、雨宮は器用に機械の人差し指を立てる。
「私と全く見た目の違う人……そうですね、例えば鹿沼教授としましょう。私が、鹿沼教授と中身が入れ替わってしまった! と、鹿沼教授の見た目で主張したら、どうします?」
「そんなベタなドラマみたいな……ちなみに、その時雨宮の肉体はどうなってる?」
「当然、鹿沼教授の意識が入っている訳です。私の見た目で、『論文の初稿はまだか』と、ドヤしにくる訳です」
「あんまり想像したくないな……」
鹿沼教授の肉体に、雨宮の意識が入っている方だけ、想像することにする。
「……その場合も、同じかもしれない。最初は二人が演技をしてるんじゃないかと疑うだろうけど、鹿沼教授があまりにも雨宮の話し方とか癖を再現していたら、そっちが雨宮だと思うかも……ああそれに、雨宮しか持ち得ないはずの記憶があれば、確実にそれが雨宮だな」
「そう、それと同じことですよ」
雨宮が、機械の腕を広げる。LDB-22には、表情を変える機構はつけていないのに、何故か雨宮のニヤニヤした顔が浮かんで見える気がした。
「今、私は見た目こそLDB-22ですが、話し方も仕草も癖も、なんなら雰囲気も……全部、雨宮のはずです。ちなみに、最後にセーブされた10日前までの記憶なら、ありますよ。つまり、私は私です。雨宮なんです。以上、証明終わり」
10日前……人間の雨宮が倒れたのは、ちょうど1週間前だ。
なんだか言いくるめられた気もするが、雨宮の理論は一見間違っていない……気も、する。
「じゃあ、とりあえずお前が雨宮だと仮定しよう。で? なんでこんなことしたんだ?」
「知的好奇心です。飽くなき科学の探求です」
あっさりと、雨宮は言ってのける。
「ところで先輩。私は何で死んだんです? たしかに不規則な生活はしてましたけど、まさか本当に死ぬとは思いませんでした」
「……それ、なんだが……」
どう伝えたものか迷っていると、研究室の扉がバンッ! と音を立てて開いた。思わず肩をビクッとさせてしまう。この扉の開け方は、鹿沼教授だ。
鹿沼教授は、研究室を見渡し、「なんだ、君しかいないのか」と言うと、はやるように言った。
「雨宮くんが、意識を取り戻したらしい」
「えっ」
「先ほど親御さんから連絡があってね。いや、1週間ほど昏睡状態だっただろう? まったく、奇跡だな」
鹿沼教授は、本当に良かったよ……と、大きく息を吐いた。
「皆には、君から伝えてくれるか。私はこれから、すぐに講義に行かなくてはならないから」
「わ、分かりました……」
「頼んだよ」
そう言い残すと、鹿沼教授は足早に廊下を歩いて行った。
研究室を静寂が満たす。鹿沼教授が来ている間、声を出すことは勿論、微動だにしなかった雨宮が、ようやく声を出す。
「……私、死んでなかったんです?」
「……そうだよ。事故で、ずっと昏睡状態だった。それで、1週間アクセスがなかったんだろ」
「えー、本当ですかそれ……んー、予定が狂っちゃったな。もう、先輩、それならそうとなんで早く言ってくれないんです?」
「お前がベラベラと喋り続けるからだろ……」
大きく溜め息をついた。
「どうすんだよ。お前が言う、雨宮が、二人がいることになるぞ」
「そうですねえ。〝私以外、私じゃない〝、という大前提が崩れましたね。これ、私が人間の雨宮に会ったらどうなるんだろう? 自我が崩壊するのかな?」
恐ろしいことを、容易く言うやつだ。
「お前なら、『まあこれはこれで研究したいことが出来て良かった』くらいは言いそうな気もするけどな」
俺が言うと、
「さすが先輩。私のこと、よく分かってるじゃないですか」
と、ニヤリとして言った。(おかしい。今、目の前にいる雨宮は、表情を変えられないはずなのに……)
「ということで先輩。しばらく私を先輩の部屋に置いてください」
「は!? なんでだよ!」
「私、ロボ雨宮が人間雨宮と対面した時、どんなことが起こるか、もう少し考察してから、人間雨宮に会うようにしたいので。しばらく匿ってください」
「でも、……」
俺が更に言い募ろうとすると、研究室の扉がガチャリと音を立てて開いた。思わず、ないはずのロボ雨宮の口を抑えようとして、LBD-22の体を研究台の表面に押し付けるようにしてしまった。雨宮の「おぐぅ」という情けない声がした。
こうして、俺と、ロボ雨宮との、奇妙な二人暮らしが始まることとなるのだった。
了
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