【KAC20211】キミと過ごすおうち時間

海星めりい

キミと過ごすおうち時間


「ふわぁーあ、よく寝た~」


 今何時だろう? とベッドの端においてあるスマホを手に取ると時刻は十一時過ぎを指していた。


「うわ、授業ないとはいえこれは寝過ぎたかな~」


 昨今の情勢のため私の大学の授業もリモートで行うことが増えているが、今日はそのリモートもない。完全にオフ――おうち時間というやつだった。


 ベッドから降りた私はリビングを抜け、洗面所で顔を洗い、歯を磨いて再びリビングに戻ってきていた。


「で、これはなに?」


 私の目の前にあるのはレインボーで、もふもふな丸い物体だ。一見すると小さいアフロにもみえるそれはリビングのテーブルの上にあった。


 さっき、通ったときには気付いていたが、寝起きだっため見間違いかと思っていた。


「こんなの買った記憶無いんだけどなー」


 思い返してみても、記憶にあるものはない。


「うーん、ホントなんだろ、これ?」


 軽く触ってみると、見た目どおりのもふもふ感だった。実家にあった人をダメにするクッションと羽毛布団を足して、二で割ったような不思議な感触だ。


 あ、なんか癖になりそうな感触……と思っていると物体が急に動きだした。


 ビックリして手を離して様子を見ていると、丸かった物体が少し変化した身体のようなものが見えてきて……、


「もっ!」


 なんか、鳴いた。この軽い物体はまさかの小動物だったらしい。

 顔らしき部分にはクリクリとしたつぶらな瞳に鼻と口が存在している。


 ああ、うん。完全に小動物だね。

 目は私とバッチリあっているが、暴れたり逃げたりする様子はない。さっきの感触が忘れられなかった私はもう一度ゆっくりと手を伸ばしてみる。


「起きた状態でこうやって近づけたら逃げるかな?」


 そんなことを思った私だったが、小動物は逃げる様子もなく大人しく触られていた。


「おおー柔らか……っと、キミどこからきたの? ここ私の家で戸締まりもしてたんだけど?」


「も?」


 触りつつどうやってここに来たか尋ねてみるが答えがあるわけもない。


「うーん、まあいいか。ご飯食べよーっと」


 私は昔からあまり物事を気にしない性格というか、大ざっぱなところがある。

 友人にも『いや、もうちょっとよく考えようよ!?』と言われたことは一度や二度ではない。


 だから、よく分からない小動物のことよりも、お腹がすいている方が重要なのだ。

 それに、あんまり危険な感じはしないし、もふもふだったから大丈夫だろう。


 さっさと食事の準備に入る。


 朝食……というか昼食だなーなどと思いつつ、食パンをトースターに入れて冷蔵庫の中のタマゴサラダとサラダのパックをテーブルに並べていく。


 焼き上がったトーストにタマゴサラダを盛り付けて、今日は何するか考えながら食べていると何やら視線を感じる……というか先ほどからいるあの小動物が私の方を見ていた。


「キミも食べる?」


「もっ!」


 なんかジーッと見つめられたので、問いかけてみると返事をされた。

 たまたまかと思い、もう一度確認してみる。


「ホントに?」


「もっ!」


 さすがに二度も鳴かれては食べたいのだと理解するしかない。


「じゃあ、ちょっと試しにだよ?」


 パンの端をちぎって目の前に置いてみた。


 すると、


「もっ、もっ! もっ、もっ!」


 あっさりと食べてしまった。そのうえ、私の方を見上げてくる。その目は『もっとちょうだい』と言っているようであった。


「ええー、しょうがないなぁ」


 私はパンをもう一つ取り出すと、半分にちぎり、それを皿に細かくちぎって小皿の上にのっけて目の前におく。


 すると、嬉しそうに食べ始めた。それを見て私も食事を再開する。

 食べ終わったところで、改めて目の前のカラフルレインボーな動物? を見つめてみる。


「なんでここにいるのかわからないけど、しばらくくいる感じ?」


「も? もっ!」


 私が問いかけると首を傾げた感じだったが、その後元気よく一鳴きした。これはいるということだろうか?


「よく分からないけど……まあ、いいか。まだいるなら、いつまでもキミって呼ぶわけにもいかないよね」


「もー?」


「レインボー……レイ……ボウ、違うなあ。七色、ナナイロ……ナナ、ナナにしよう。君の名前はナナだ!」


「ももっ!」


 指さしながら『ナナ』と命名するとカラフルレインボーな動物――ナナはコロコロと転がりながら返事をした。これはナナと呼んでいいってことだよね? たぶん。


 ナナと名付けも終わり、本格的に今日やることがないなーと思っていると視界の端に黒い輪っかが目に入った。


「丁度良いかも」


 最近、あまり出来ていなかったしニンワンドウのサークルフィットアドベンチャーでもやることにした。こんな時でもなければたっぷり出来ないしね~。


 ゲームの電源を入れて、サークルを持って本格的な運動前のストレッチをしていると、


「うん~? どしたの? あ、ゲームに興味あるの?」


「もっ!」


 ナナがテーブルの上に乗って、テレビと私を何回か見ていた。

 私が動いているのが面白いのだろうか? 


「あはは、いいよー見てても。つまらなくても知らないけどね。あと危ないから私の近くに来ないようにね」


「ももっ!」


 別にナナに見られて困るものでもないし、怖いのは私が身体を動かしたときナナにぶつからないかぐらいだ。


 一応、ナナにも注意しておいて、私も気をつけておこう。


『さぁ、冒険を再開しよう!』


「今日はこのエリア全部クリアしちゃおっかな~」


 丁度、新エリアに着いたばかりのところでセーブしていたので、そんなことを考えながらはじめのステージを選択する。


「よーし、行くぞー!」


 それから数十分後、私は三つ目のステージへとたどり着いており、モンスターとの戦いの真っ只中であった。


『両手挙げ腰振り!』


 サークル君の指示に従って、運動をしつつモンスターにダメージを与えていると、


「ほっ、ほっ――だぁー!? さすがに回数増えてくるとキツく……ん?」


「もっ! もっ! もっ!」


 気付けば私の横――テーブルの上ではナナが私と同じように両手を挙げて腰を振っていた。


「え~!? 私のマネ? それともサークル君の言葉を理解して? どっちにしてもナナすごい! しかも、なんか私よりキレがいいー」


「もっ! もっ! もっ!」


 この一回だけかと思いきや、


『スクワット!』


「も、ももがぁ~!?」


「も~っ! も~っ!」


『英雄のポーズ!』


「ふー、ふっー! ゆったり動くのもこれはこれで……キツい!」


「もー、もー」


 等々、なぜかナナは私と一緒に運動していた。


『やったね! ステージクリアだよ!』


「終わったー! さすがにクタクター!」


「もーっ、もーっ!」


 全ステージクリアするのはかなり良い運動になったのだが、それ相応の汗もかいており服もけっこう濡れている。


 ナナはそんなに疲れてなさそうだけど、なんか毛が少ししっとりしているようにも感じる。


「お風呂も沸いたし、水分補給して冷える前に早めに入ろうっと……ナナも水いる?」


「もっ!」


 自分とナナの分の水を出し(ナナは皿に水)、水分補給したところで、脱衣所の方へ歩いて行く。


「うーん! いい汗かいたー!」


 などと言いつつ脱衣所で服を脱いでいると、いつの間にかナナが足下にやって来ていた。


「んー? どしたのー? ナナもお風呂入る?」


「もっもっ!」


 頷きながら返事をされたので一瞬『マジか!』と思うも、別に困ったことは特にない気がする。


 なので、服を洗濯機へと入れて動かした後、ナナを手のひらにのせつつ、お風呂の中へ連れて行く。


 とここでふと思ったのだが、自分から入りたいとやって来たから大丈夫だとは思うけど、お風呂に入れてもいいのだろうか?


 なんか少し心配になったので、お風呂のお湯を洗面器ですくってナナをその中に入れてみることにした。


 これならば深さ的に溺れることもないだろう。


「ほーら、お風呂だよ~」


「もっー!」


 チャプンと入ったナナを横目に私もササッと洗ってお風呂に入る。

 すると、ナナはすでに良い感じに温まっていたのか、


「も~も~も~!」


 なにやら上機嫌に鼻歌? らしきものを歌っていた。


「なにそれー、なんかおやじくさいよー」


 鼻歌にプラスして洗面器の縁に寄りかかっているように見えるので、よりオヤジ感がつよい。


 だけど、ナナは気にした様子もなく楽しそうに浸かっていた。


「も~もも~も~!」


「ま、気持ちいいと声が出るのは自然か~。んんーっ! 疲れた身体に良い感じー!」


 こんな風にたっぷりとお風呂を堪能した私はこの先もナナと一緒にまったりとした時間を過ごしていった。


「ドライヤーが気になるの? ナナも乾かしたいのか、いいよー」


「もももももっー!」



「晩ご飯はお鍋だー!」


「ももー!」



「歯磨きー、ってナナはいいの~」


「もー?」


 普段、一人で何かしているときより楽しかった気がする。

 ナナがいたからだろうか?


「こんなおうち時間もよかったかな……おやすみ、ナナ」


「もっ、もっ!」


 朝、初めて見たときのように丸くなるナナを見ながら、私は眠りについたのだった。






「うーん、よく寝たー」


 スマホのアラームに起こされる形で、目を擦りつつベッドに腰掛けた私は、


「ああ、やっぱり全部夢ってわけじゃないのね」


 寝る前と変わらない位置にいた七色の物体――ナナを見て、改めて現実だったと認識した。


「もっ?」


「ああ、うんなんでもない。ナナも起きたのね、おはよう」


「もっ、もっ!」


 私が起きるのと同時にナナも起きたのか、元気よく飛び跳ねている。

 朝の挨拶だろうか? ピョンコピョンコとしているのが可愛らしい。


 今日はリモートじゃない授業があるから、日の光を浴びて少しシャッキリさせておきたい。


 おもむろにベッドから降りた私は窓の方へ歩いて行く。


「さぁて、今日も頑張り…………はれ?」


 カーテンを開けた先にはいつも見ている街の姿はなく、おまけに空を見上げれば、


「アンギャー!!!」


 と、ドラゴンらしき生物が遠くの方を叫びながら飛んでいた。



「……………………なるほど、ナナが私の部屋にやって来たんじゃなくて、ナナのいるところに私が部屋ごとやって来ていた、と」



「もっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20211】キミと過ごすおうち時間 海星めりい @raiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ