第12話 教王、正義の聖女

 王城、中央階段を逃げも隠れもせず上がる。途中何人か、この近衛騎士が来たがウィルに無力化されていく。


「一応準備してきたけど必要なさそうね」


 ポケットの中身を使う必要が無いなら、それに越したことは無い。王城、中央階段を上がった先。近衛騎士達がまとう紋章布と同じ、血のように真っ赤な絨毯の先には玉座がある。


「さぁ、ご拝謁はいえつといこうか」


 齢八歳にして祭り上げられた少女を救いに行こう。


「何者か?」


 よく通る、しかし幼い声。姿は紋章布を掲げたこの近衛騎士達が邪魔で見えない。一礼、必要無くともこれは矜持きょうじ。ウィルも私の様子を見て真似をする。


「ご拝謁たまわらせて頂きます。正義の聖女、ユース・ティーツィア・スプリチウム。聖騎士、ウィルを共に御前失礼致します」


 挨拶をしながらもズカズカと進む。残りの近衛騎士達が構え、こちらの様子をうかがっている。


「いくら特権のある七聖女とはいえ、教王にこの所業……余りにも不敬が過ぎないか? 正義の聖女よ」


 指示を出したのであろう、紋章布が退けられる。


「ほう……」


「……ッ」


 聖布と呼ばれる真っ白な服。ヴェールのような薄布をフードのようにしてかぶる。装飾の類いは一切無く、簡素。


 しかし、薄布から垣間見える人はなのか。私は自信を持って肯定できない。


 限りなく白に近い銀髪。晴れた空の一番高い所のような蒼い瞳。顔の左側から可愛らしい鼻にかけ、ひび割れたような傷がある少女。


「教王、アナリシア・テル・フィーリア五世。余の臣下達をいじめるのはやめてくれないか?」


 本人の見た目以外、街の修道院にでも居そうな少女。豪奢な装飾の王でない。常識の範囲外の力に裏打ちされた存在。この国の教王にして全教会の統括を担う存在がそこに居た。


「ご安心を、教王陛下。ご臣下、近衛騎士の方々の命は一つも奪っておりません」


 予想はしていた。しかし相対するこの少女。予想以上に精神年齢が高い。


「……それはまことか?」


 一瞬、年相応の少女の影が見えた気がした。玉座から身を乗り出しかける。


「今現在、目下排除させて頂いてるのは逆賊・司祭長とその配下、教会騎士のみです。陛下のは誰一人と傷つけておりません」


「そうか……」


 悲しそうな表情。


の名に賭け、お迎えに上がりました。陛下」


 ウィルに待機するようハンドサインを出し、近衛騎士達が塞ぐ玉座の前へ行き手を差し伸べる。


「血を、流さぬ事は出来なかったのか?」


「はい、不可能でした」


「流血の末の正義なぞ……それで? 次は貴方が余を傀儡かいらいとするのか? 司祭長のように」


 今にも泣きそうな少女の顔。

 泣き叫ぶ子供の声。硝煙。血臭。

 フラッシュバックする、戦争の記憶。


「……いえ」


「もう、いい……上辺の正義は聞き飽きた」


 これが、まだ十年も生きてない少女が出したなら。私は世界を、神を許さない。


「利用されて、なるものか!」


 教王の袖口から、ナイフ。

 人の首に首を掻き切る二は十分。


「ウィル!」


 近衛騎士達の列にウィルが突っ込み、道が開ける。射線確保。ポケットから手を出す。握っているのは、鉄の筒と少しの木工に彩られた拳銃マッチ・ロック・ガナー


 この距離なら、いけるか?


 発射。火薬とは違う、何処か清涼感すらある匂い。発射された弾丸は、教王の持つナイフへ目がけ、着弾。


 鈴なりのような音を立て、半ばからナイフの刃が欠ける。欠けた刃は回転しながら、教王の足を少しかすっただけで済んだ。


「……それは」


 この世界には本来、有ってはならないもの。


「まぁこれは置いといて、教王陛下。私の目的は貴方を傀儡とし、政権を掌握することでも、ましてや私服を肥やさんとする為でも無いのです。」


 淡々と言い放つ。

 憎しみ、殺さんとする愚か者の偶像。


「私は神を殺しに来た」


 煙を上げる拳銃を携え、傍らには腕の欠けた元奴隷。


「神は、正義ではない」


 これは人が、になるための物語。


「人の世界に、神はもう必要ない。」


 あるいは、正義に取り憑かれた愚か者を己が命に代えて守らんとする騎士の黙示録。




 

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