第11話 女騎士、戦友
~少し前~
「ハァ、ハァ……お届けに上がりました。魔石です」
正義の聖女のお付き、リリーが両手に炎の魔石が入った籠を持って来る。ここは高級住居街を目前にした大通りの
目的の馬車は司祭長の館に向かう前に、蹄鉄の泥を落とすため一度厩舎に止る。そこを狙って馬車に魔石を仕掛けようという計画。
高僧や、文官の乗る馬車には、車輪から来る衝撃を和らげる為の
全くもって正義の聖女は面白い。御前試合で、奴隷を聖騎士にしたかと思えば今度は
「ありがとう、リリー様」
「いえ、ハァ。そんな……ハァ、ハァ」
まだ息が落ち着かないらしい。この娘も不思議だ。本来教会側についてもおかしくないのに、ユースに従順で裏切る素振りさえ見せない。一瞬、ユースの情婦かとも思ったがどうやら違う。
先日、宿で会った時。かなり奇妙な印象を覚えた。亜麻色の髪、金色の瞳。傷一つ無い白磁の肌に華奢な体躯が彼女の見た目の儚さに拍車を掛けていた。
だが、その目はまるで幾多の戦場を乗り越えた傭兵と同じ。濁りきり、何もかもに絶望した目。しかし口から出るは、何処か稚拙な正義感。怒れる若人の精神そのものみたいな……
「正義の聖女……」
そして彼女は言った。『君を単身で戦わせる事になる』と。私に部下がいるであろう事を知らないはずが無い。そこを単身で……
「つまりは力を見せろってとこか」
信用したようで試す。正義の聖女様は一体どんな生き方をしてきたのやら。
「また悪い顔をしてらっしゃる」
部下の一人。長年、副官を務めてくれているガウマンという男が苦笑し、数人の部下も笑い出す。仕掛けを終えた馬車は高級住居街へ向かう。
「さぁ、諸君……殺す相手の顔を目に焼き付けろ! 悲痛な断末魔を忘れるな! これより戦争を始める!」
「おう!」
戦に臨む時、我らの師団の祝詞。それはある種の詠唱。幾つ戦いを経験しても、開戦前は足がすくんでしまう。少し離れた所で、爆発音。
大通りに出て、真っ直ぐと司祭長の館に向かう。
教会の僧兵達が駆け回っている。板金鎧の上から、神父服のような短いマント状の鎖帷子。ひさしの長い帽子のような兜。教会騎士と呼ばれる僧兵。司祭長の保有する軍隊。
「来い、全員消し炭にしてやる」
邪悪に微笑み、ハッタリをかまし、挫けそうな心に鞭を打つ。ユーリエ家の人間は軍人の家系。初めての戦場では失禁してしまったのは今や副官しか知らない。その頃からの戦友はみんな死んでった。
部下を待機させ、館へと単身で突貫。行く手には少なくとも二十人の教会騎士。衛兵も含めれば数えるのも馬鹿らしい。愚鈍な教会騎士たちも流石に気付く。
「今は無き戦友に奉る」
刺剣を抜刀。詠唱。
思い浮かべる、泥と血にまみれた友らの笑顔。
「私は正義を成す」
正面に構える。
「ここに光を」
刺剣に纏った白い光。
こちらに向かってくる一団に向け、
「貫け!」
極光を放つ。何人かを巻き込み、焼けた人の臭いが広がる。
「あぁあ!」
接近してきた教会騎士。左半身は無く、悪鬼の形相でロングソードを振り回す。腰の短剣を抜き、すれ違うようにして首の装甲の薄い部分に突き立てる。
「ッブフ……」
血を吐き、
側面から突き出されたロングソードを左の短剣で受け、右の刺剣を脇の鎖帷子部分を刺す。
「あと、何人だ?」
側面に来る奴を優先して殺すが多勢に無勢。囲まれてしまう。
「みんな、使わせてもらうね」
小さく呟き、右腕の装備に触れる。
右腕に付けている腕輪。
戦友達の遺髪で編まれたもの。魔法の発動材料は感情。生前、遺品の持ち主とのつながりが深ければ深い程、遺品の装備者に力をくれる。
「解放」
遺髪は五人分。
五人の騎士達が透けたような姿で現れる。
大剣、長槍、曲剣、弓矢、盾。思い思いの武器を持った戦士達の思い残し。役目に縛られ、強がらねばならぬ女一人を泣かせてなるものか。
「お久しぶりです、ナターシャ様」
大剣持ちの大男を筆頭に、かつての部下達の参陣。
「また漏らしてねェっすか?」
「黙れよ」
長槍持ちが非礼を働いたので頭に刺剣で突く。当っても意味は無いが、こいつら曰く痛いらしい。
「「「ヒェッ」」」
曲剣、弓矢、盾持ちがすくむ。
「ほう、正規軍師団長様が反逆とは……」
教会騎士の中で、飛び抜けて大きな男の声。
「教会騎士副団長の……誰?」
「レパルスだ、滅べ反逆者」
無詠唱。
右手に略式詠唱のための
「ハッ」
嗤ったのは、もう勝っていたから。
「何を笑って」
レパルスからすれば、何も無い所から大剣が、槍が、曲剣が、矢が来る悪夢。見えない攻撃に襲われて何も分からないままに死ぬのは、どんな気持ちだろう。
盾持ちはずっと私の傍で守ってる。残った騎士、兵士達は目の前で起きた事が分からず、動けない。私の部下は私にしか見えない。
「さぁ、残り。かかってこい」
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