第9話 汚い花火、思い
「あぁ、ウィル。そっちに向かってたんだ」
アギラートに店の場所は聞いていた。
「えっ……あ!」
薄い金髪の美少女に詰め寄り、人差し指で口を塞ぐ。ここは大通り。大声で聖女と呼ばれようものなら、面倒な事になる。
「シーッ」
コクコクと頷く彼女。ウィルが少し不満そう。
「ゴメンよ、ウィル。君の女を奪いはしないさ」
ムフーッと満足げな息を吐くウィル。横で少女が顔を真っ赤にしてるのが可愛らしい。つかこの子……
「君は、闘技場に来てた子だね?」
ウィルをずっと気に掛けていた女の子。
「は、はい。アザレアといいます。アギラートの娘です。えっと……」
賢い子だ……
そして髭面オヤジの娘、こんな可愛い子だとは嬉しい誤算。
「そうだな、ユースって呼んで」
「ユース様……」
「早速で悪いが、ウィル。君の初仕事だ」
二人の少年少女の表情が暗くなる。
「義手に換装、装備を整えて……詳細は追って伝える」
計画を、
「とりあえず、店に向かおう」
二人に案内され、アギラートの店に向かう。
「アザレアちゃんはもうウィルとは長いのかい?」
「はい、八歳から十年。一緒に暮らしてきました」
他愛の無い会話。通りには、種族、性別様々な人が行き交う。
「お! ウィル坊。早速、両手には花かい?」
「ーーーツ!」
御前試合の結果は街にも広まったようで、顔見知りらしき露天商達にウィルは絡まれていた。
「すまないね、大切な家族を……危険にさらすことになる」
十年の歳月は重い。
ウィルの居ないとこで、アギラートから個人的に言われたことを思い出す。
ウィルの市民権。これはどうとでもなる。彼は聖騎士。むしろ闘技場で戦い続けている彼を
アザレアとの結婚。これも何とかなるだろう。周囲も祝福してくれるはずだ。
最後に、ウィルが何か隠していること。これはアギラートの話では、娘のアザレアしか知らないらしい。
「……ウィルは
多分、試されてる。そんな質問。
考え込む。大通りの
「慈しみ、育てるべき子供かな?」
導き出した答えは予想外だったのか、
「っはははは!」
アザレアは笑っていた。
「分かりました」
露天商達に仕草で断りをいれ、ウィルが前を歩く私達に追いついてくる。
「……どうか、私の大切な人をよろしくお願いします」
アザレアが、スカートの裾をつまみ、礼をする。その言葉にどれほどの重みがあるのか。ぱっちりとした目を伏せた彼女の表情は、紛争地を渡り歩いてた時に見た。夫や息子を傭兵にする女の目。
「……必ず帰す」
転生前は、こんな無責任なこと言えなかった。でも今は違う。
店の前に着く。
大通りに居を構えている武器屋。『白金』と呼ばれるアギラートの店である。
木製のドアを鉄で、補強した重厚な入り口をウィルに開けてもらい、中に入る。
「いらっしゃい……ッ聖女様!」
奥からどこか安心する髭面が姿を見せる。
「へーい、いきなりで悪いんだけどさ。ウィルを完全武装させてくんない?」
「……何かあったんですかい?」
表情が、目に見えて厳めしくなる。
「何かあったっていうか、何か起こす」
「……分かりました。ウィル、こっちに来なさい」
ウィルを伴い、アギラートが奥に引っ込む。
「あ、そうだ。アギラート」
「はい、何ですか?」
声だけだが、『私相手に不敬などない』と伝えてあるが故の行為。
「義手に仕込む武装は、変更できるのか?」
「……可能です」
「そうか……乱戦になる。それに合わせて頼むよ」
しばらく、店内を物色しながら待つ。途中、アザレアが飲み物を出してくれた。店内には様々な武器、防具がある。一般的なロングソード、スピア、
「私好みだな」
「光栄です」
後ろから声が掛かる。アギラートと、ウィル。
赤い×印。奴隷紋章と呼ばれるそれがついたままのバケツ型の鉄兜。右肩の肩当て部分は鉄製。鎖帷子の上から皮鎧を被せた動きやすさ重視の独特な鎧。
左手の義手は、本来の骨格めいたデザインでは無く。上腕接合部分と裏拳部分に鋲の付いた皮ベルトを巻き付けている。肘部分からは恐らく大きさ的に格納できなかったのか、鉄芯めいたものが見えている。
「ん? 指とかは無い感じなのね」
「はい、徒手格闘を想定して簡略化しました。その代わりメイスを片手で持てるように別の物にしてあります」
義手先端、掌部分は握り拳のようになっては居るが開かない仕組みになっているようだ。メイスは御前試合の時のように、馬鹿でかい物では無い。何というか金属バットみたいだ。
「アギラート、これお願い」
渡した紙切れ。
書かれている内容に、髭面はさらに厳めしい顔になる。
「期日はどのくらいで?」
「そうだな、一週間ほど忙しくなる。それまでにモノの形が出来てればいいよ」
「分かりました」
ウィルに向き直る。聖騎士を名乗るには、何処かの傭兵といった方が似合ってしまう見た目に苦笑する。
店のドアが叩かれ、アギラートが開けると、そこには私服姿のリリーが肩で息をして立っていた。
「ハァ、ハァ……準備出来ました」
「ありがとう。ウチュー!」
へとへとだからか、今度の接吻をリリーは避けなかった。なされるがまま。
リリーはそのままアギラートのとこに居てもらう事にして、店の外に出る。ウィルを伴い、大通りを歩く。
「さぁ、行こう」
この国の首都フィロソフィス。
大通りの先には大闘技場。それを見下ろすように、教王の住まう城兼神殿。王城フィロソフィスがある。
その周囲には高僧、文官達の高級住居街がある。
しばらく歩くと、高級住居街の方で轟音。
服のポケットから煙草を取り出し、即席火起こし器で火を付ける。
「フーッ」
火の手の方に、木っ端みじんになって原形をとどめていない馬車。怒声、悲鳴が離れたここまで聞こえてくる。
「ハハッ」
煙を吐き出し、
「汚ぇ花火だ」
吸い終わった煙草を、馬車に向かって投げた。
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