第7話 女騎士、仲間
「君をここに呼んだのは他でもない」
「ウィルの筆下ろしですか?」
女騎士、ナターシャ。聖騎士ウィルの教育係に任命された人物。ウィルとアギラートが帰った後、彼女を宿に呼び出した。
「いきなり方向性がセンシティブなんよ」
後ろに控えてたリリーが顔を真っ赤にしてる。可愛い。
「いや、大体軍の上司がそういう奴ばっかだったもので……」
「腐ってやがる……」
まぁ軍隊って男社会だしなァ。
「えっと……もしかして」
パワハラからのセクハラコースだったのだろうか。
「あ、大丈夫です。みんな殺してきましたから」
「わァ~、よく軍法会議で裁かれなかったね」
「高官は買収済みです」
「はははは!」
この子ますます気に入った。
騎士道を意識した立ち振る舞い。されど隠し切れていない本人の性格が見える。絶対的権威を持つ聖女を前にしても、物怖じしない毅然とした態度もその一つだろう。
「騎士の位も持ってはいます。しかし騎士である前に軍人ですから」
騎士位、フィーリァ教王国正規軍における戦果持ちの軍人を表す称号である。彼女の性質を表すに、これ以上に適した言葉は無いだろう。
「そっか……」
「でもウィルの前では騎士としていたいですね。彼が私に持ってくれている外面を壊したくは無いですね」
名誉が伴う聖騎士の位。ウィルに不名誉な事はさせられない。それにどうもウィルはナターシャを誇り高い人物としてみているらしい。
「分かる~。ウィルにはあのままで居て欲しいし」
「フフ、聖女様も見ましたか? 観客席の女の子」
「見たよー」
ウィルの試合中、祈るような仕草を止めなかった。
「人からも好かれて。本人は奴隷を経験して尚、その心は高潔……」
「守ってやりたいね」
英雄は、本人の資質だけで英雄たり得るのでは無い。英雄の周りに居る人々の意思。その人物を英雄としようとする、ある種人柱の選出のような意識があってこそ英雄は存在する。望まれぬ英雄は逆賊、アウトローとなるのは世の常だ。どこの世界も変わりはしない。
「だからさ、君には汚い事もやって貰うことになるかもしれない……それでも、いい?」
一応の確認。目の前に居る一人の戦士の誇りを傷つけないための。
「ええ、いいですよ」
意外に
「私の目的を聞いても、そう言える?」
「目的とは?」
私の後ろでリリーが何か言いたそうにしている。
「神殺し」
「……理由をお聞きしましょう」
ここからが勝負。ナターシャは戦闘中、魔法を使用していた。逸れも奇跡に分類される創造神信仰と結びついたモノを。返答次第では、異端者として私を殺す可能性だってある。
「私ね。何回か、聖女の役目から逃げ出したことがあってね」
聖女はあらゆる権力から独立する。だが実際は『神より与えられた役割』という教会の意思に縛られているのが現状。将来、役割をこなすための洗脳に近い教育を施される。それがいやで度々逃げ出していた。
「街に出てさ、色々見たよ。貧民街、奴隷市場、娼館、奴隷の身体を生きたまま切り売りしてる悪趣味な呪術師もいたな。人
口に出すのは憚られるものも、たくさん見た。
貧民街の少女が巡回中の衛兵に犯されていた。その兄弟であろう男の子は兵士達に袋叩きにされ死んでいた。
娼館の裏手に病で倒れたのであろう女の死体が積まれていた。その肉を食って丸々と太ったネズミを見た。その人食いネズミに食われる子供を見た。
戦時中に負傷した元軍人が、路地裏で死んでた。その死体に湧いた蛆を泣きながら払い続ける子供が居た。
泣き叫ぶ奴隷が、金持ちのお遊びで手足を切り落とされていた。自分の家族を生かすため、人攫いをする青年を見た。
狂人がずっと壁に頭を打ち付けていた。今思えば、あんな異常な世界で彼だけが正常だったから狂ってしまったのかもしれない。
しかし、そんな中にも教会はあって。
神父達は民を助ける訳でも無く、民から徴収した金で買った葡萄酒を傾けていた。娼館に入り浸る者。シスター、侍女に手を出す者。奴隷で退廃的な趣味を満たす者。
「教会の神託聖典、知ってる?」
「はい……」
それは大教会の地下神殿にある。創造神の神託が随時、自動で更新されていく魔書。
「近々、口減らしを行うって書かれてさ」
「……」
「そんな……」
ナターシャは何も語らない。ただまっすぐ私を見る。リリーは驚いただろう。コレまで神殺しの理由までは語っていなかったから。
「神様曰く、出来損ないが増えすぎたんだって……私、正義の聖女はその虐殺の先兵とするつもりみたい」
神の意思。結局、被造物は抗うことは許されないのか?
「でもさ、私は私だ」
違う。
「世界に、正義はない。神さえも……」
与えられた役割に過ぎない聖女の地位。でも背負った言葉の意味をわたしは知ってる。
「ならば、私自身の正義のために。神様だって殺す。だって納得いかないもん」
許される事では無い。だが私はこの世界が許せない。神の意思なんぞで、命を軽く扱わせてたまるものか。
「まだどうやって殺せばいいかも分かんない。でもさ……ウィル達みたいな子が泣いてる世界が正しいわけが無い」
表情が歪んでいるのが自分でも分かる。この憎しみは、生きてる限り消えない。転生前ですら、私はそうだった。戦争の中で、死にゆく命を救えないかと武器を売って考えていたのだからお笑い種だ。
「お願い、私に力を貸して」
ナターシャが腰に履いていた刺剣を抜く。慌てたリリーが私を庇う様に前に出る。ナターシャはその光景に微笑むと、
「騎士として。いや、ナターシャ・ユーリエとして誓います」
剣の持ち手を、私へ差し出す。
「貴方様の
一人、仲間が増えた。
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