第1話 御前試合、メイス
御前試合、その形式は一対一の決闘。
大切なのは持ち寄った武器も事前の検品で合格した物が許される。具体的には、広域汚染の毒物、範囲攻撃可能な魔法以外は何を使っても良いということ。
その条件さえ守れば、どんな武器も使用が許可される。割と何でも有りのデスマッチである。審判が止める事もあるが大抵その前にどちらかが死亡して、決着が着く。
「シアァ!」
屈強な肉体の常人の男と、細身の
人間は斧を、蜥蜴人は曲剣をそれぞれ持っている。種族的な優劣は戦いにおいて加味されない。蜥蜴人は大男の斧による連撃を踊るように躱し、大男の上体を曲剣でなぞるようにして切り裂いていく。
大男は絶えず斧を振り回してはいるが、一撃たりとも蜥蜴人には当たってない。
ついには蜥蜴人の一撃が男の急所に入ったのか、男は崩れ落ち決着がついた。
「なぁ、リリー」
「何です?」
歓待席にも熱気は伝わってくる。蜥蜴人は両腕を高らかに上げ、歓喜に震えている。観客もその闘志を讃え、拍手は鳴り止まない。
「あの蜥蜴人ってさ、その……彼なのかな? 彼女なのかな?」
蜥蜴人はその表情もさることながら、雌雄の判別が付きずらい。
「まぁ、言いたい事は分かりますが。余り言い過ぎてしまうと種族差別になって
しまいますよ」
この世界、主にフィリーア教圏内では種族を差別することを禁じている。この世全ての生き物は創造神フィリーアの被造物であるという考えの元になっている。
故に聖典には人間以外の種族の聖女が登場する。自分以外の聖女は種族が違うのだろうか。顔合わせもしていない為に分からない。しかし噂によれば、聖騎士には巨人が一人居るらしい。
「お!」
次の試合、あの隻腕バケツ兜の少年が出てきた。相手は豪奢な飾り付きの騎士。
「どう切り抜ける、少年」
開始の鐘が鳴る。しかし、両者動きは見られない。
「奴隷風情が。名誉ある聖騎士に叙勲されようなどと思い上がり甚だしい!」
うわぁ、テンプレかませ犬や……
「このウルマリァ家の、へばっ」
それ以上を言うことは許されず、少年によって兜ごと頭を砕かれ騎士は絶命した。
「あの坊ちゃん、馬鹿だな」
「馬鹿ですね」
敵前で名乗りを上げるなど愚の骨頂でしかない。
「ふほう!! リリーの見下し顔も最高だぁ!」
「そんなこと言っても、煙草は見逃してあげません!」
赤面する金髪美少女、転生とは良い物だ。口の端からよだれが止まらない。
試合は順調に進んでいく。最終的に先程の細身の蜥蜴人、隻腕奴隷、試合中魔法と刺剣を組み合わせていた騎士、獣人の兵士。
この四人に絞られた。
「リリー、あの四人誰が勝つと思う~?」
「あの魔法騎士が最有力ではないでしょうか。彼女は正規軍の中でも名の知れた騎
士ですし」
「え、女騎士なの?!」
確かにそれとなく鎧も凹凸があるような気がする。
「聖女と女騎士とか、くっコロ案件待った無しだな……」
「何です? くっコロって?」
「リリーは知らなくて良いんだよー」
口を塞ぐように、彼女の桃色の唇を狙って、
「ちょっと、すぐに接吻しようとする癖止めてください!!」
えー、愛情表現の一種なのに。避けられてしまった。
試合は蜥蜴人と隻腕奴隷の試合。
両者向かい合い、試合の始まりを告げる鐘が鳴る。
~闘技場内~
「貴方、闘士ウィルですね」
「……」
蜥蜴人が話しかけてくる。
少年は舌を切られているから、話せない。首を縦に振り、肯定の意思を示す。
「そうですか……私はケルス。ニフの沼地から来ました。闘技場の王者と戦える
この上無き名誉に、神に感謝を!!」
しゅるると喉を鳴らし、蜥蜴人が興奮している事が分かる。剣を突き出し頭上に掲げる闘技場の儀礼を見せ、構える。
闘技経験者同士にしか分からない。互いの実力を認めているからこその儀礼。
ウィルも鉄の兜の下で目を見開き、儀礼の構えを見せる。
「ありがとう。後はもう、言葉は要らない……」
蜥蜴人ケルスは本来の、曲剣の刃をなぞるかのような構えに戻る。
それに応じ、ウィルもメイスを肩に担ぐ。
試合開始の鐘が鳴る。
「行くぞ!」
「……!」
ケルスは右手に独特な文様が描かれた曲剣を、左手には申し訳程度の小さな皮盾を装備している。蜥蜴人の強靭な鱗があるためか、鎧の類いは付けていない。
ケルスは一気に踏み込み、距離を詰めてくる。ウィルは右手のメイスをタイミングを合わせ打ち下ろす。
ケルスは尻尾を射出器のようにして加速。メイスを躱し、ウィルの喉元目がけ切り込んでくる。
「ガッ」
直後、同時に踏み込んだウィルとぶつかるようにしてケルスが弾き飛ばされる。ケルスの頭から出血。ウィルがバケツのような兜の角を活かし、間合いに踏み込み頭突きを入れたらしい。
ケルスは飛び退き、体制を立て直す。
「なんて力」
「……」
賛辞に返事すら出来ないのはもどかしい。
「シアアァァァッッッ」
裂帛の気合いと共に、ケルスは飛びかかってくる。
左手に持った小さな盾による殴打。体を回転させるように曲剣を合わせてくる。
ウィルは飛び退き、メイスの太い柄を盾のようにして踏み込む。
「ッ」
ウィルは息の漏れる音と共に、メイスを突き出す。躱しきれなかったのか、ケルスは盾でそれを受ける。
「ガッ」
そのまま吹き飛ばし、闘技場の壁際までケルスを追いやる。
「シアアァァ!」
ケルスが自身の血をまき散らしながら、その身をコマのように回転させ襲いかかってくる。ウィルは盾は蹴り落とし、曲剣はメイスで対応する。
「獲った!!」
ケルスの尻尾が深々と鉄兜と胴鎧の隙間、首の部分へと突き刺さる。下から刺し込み頸動脈を狙った攻撃、その衝撃で兜は跳び少年の無惨な姿が露わに……
「なっ!」
尻尾の一撃により、兜は吹き飛ばされた。しかし露わになったのは喉を無惨に貫かれた少年ではない。傷だらけの顔、浅黒い肌、ボサボサの黒髪、殺意に濡れた優しげな瞳。そして少年の喉を突き刺した筈の一撃は、少年の歯で噛み止められていた。
「無茶苦茶ですね……」
「ゥグルルルルル」
少年の喉から、まるで獣のような唸り声。
「アアアアァァァッッ!」
少年は首を振り、蜥蜴人の尾を噛み千切る。闘技場に戦士の悲鳴が響く。少年はメイスは手放し、右手で無造作に蜥蜴人の長い首を絞める。
「グェ……」
噛み千切るられた尻尾から、血が滴り続ける。それでも曲剣を手放さないのは戦士の意地か。蜥蜴人の首から鈍い音がして、ぐったりと動かなくなる。
試合の終わりを告げる鐘が鳴った。
~歓待席~
「むう、ヤニ吸いてぇ~」
亜麻色の髪をなびかせる、金色の瞳を持った美少女がおよそ見た目に似つかわしくない言動を発する。
「もう、だからお言葉には気を付けてください! あと煙草は我慢してくださ
い、御前試合後なら許してあげますから」
結局許してくれるリリーは、何だかダメンズに引っかかる健気な子みたいに思えてきた。
「……リリーは私が幸せにするからな!」
「はいはい、お願いしますね」
スルー?!
現在、闘技場の試合は獣人の大男と女騎士の試合。
「さっきの奴隷くんの試合、良かったなー」
「そうですか?」
まぁ試合自体は泥臭く、派手さには欠けたが。
「あの奴隷くん、何かまだ隠し球持ってると思うんだよな」
転生前の職種上そういうのには鼻がきく。
「まぁ何にせよ。聖騎士になった奴には、私の目的の為に動いて貰うけどね」
「あの罰当たりな発言は本気なのですか?!」
おっと慌てるリリーも乙なものだなぁ。
「そうよ~。神様って奴がいるんなら、私はそいつをぶっ殺す」
不道徳、罰当たり、そんな言葉すら足りない。
憎悪を込めて。殺してやる。
「私自身の正義の為に」
御前試合、決勝戦が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます