第2話 決勝戦前、仕込み義手

~闘技場控え室~


「ウィル!!」


 野太い声を上げ、太い腕の男性が少年の方へ駆けていく。彼の親方、主人であるアギラートだ。


「ぉ………た」


「よしよし、良くやった。怪我はないか? 大丈夫か?」


 少年は頷く。舌が無いこの身では、伝えられる意思など肯定か、否定くらい。奴隷の自分をまるで人間のように扱ってくれる恩人に感謝の言葉すら言えない。発音できても先程のように途切れ途切れになってしまい、決して人に聞かせられるような物では無い。


「良かった。相手は……強かったな」


 強かった。蜥蜴人リザードマンの戦士ケルス。種族としての特性も、およそ並々ならぬ修練の果てに手に入れたであろう剣技も、その全てを活かして彼は戦っていた。だから戦士の礼儀を重んじて、彼を殺した。観客席から、彼の家族だろうか。悲鳴が聞こえた。


「前に言ってた義手。やっと検品を通ったぞ。お前が強いのは知ってるが、今回の相手も相当な人物だ。油断するなよ」


 頷く。


「よし、じゃあ取り付けするぞ」


 右手で義手を押さえ、接続部をアギラートが取り付ける。いつも厳めしい彼の顔が更に厳めしくなっている。


 少年が相好を崩す。


「お、どうした? 決勝前に随分落ち着いてるな」


「ォ、やか……た」


 どうしても伝えたいのか。少年は苦しそうに息を漏らしつつ話す。


「どうした、無理するな」


「あ…い、が……と」


 ここまで生かしてくれた事。


「そんなお前、礼なんて……」


 厳めしい男の顔から涙が溢れる。


 あの日、腕はめちゃくちゃに折られ、ドブに捨てられていた少年は大きくなり、戦うすべを覚え、強くなった。


 でも、精一杯に感謝を伝えるその様はまだ年相応の少年であるが故の純粋さがある。


「どうして……」


 ごく優しく、善良な少年が奴隷に落とされ、殺し合いを強要され、腕をもがれるなどの仕打ちを受けねばならないのか。


 アギラートにはそれが悲しかった。娘と変わらない年の少年が、ここまで傷つき、なおそれでも笑うのが。


「お前はさ、戦わなくてもいいんだぞ。何なら今逃げ出したっていい。俺の店を継いで、娘と二人で暮らすことだってできただろうに……」


 少年は首を振る。少年には戦うことそか出来ない。

 それに奴隷の少年には市民権が無い。


 聖騎士になれば、生まれも地位も種族さえ関係無くなる。

 そして何より、育ててくれた、たくさんの大切を教えてくれた人達の為に少年は戦う。


「生きて、勝ってこいよ。絶対」


 義手が付け終わる。少年は微笑みながら頷いた。


 闘技開始間近を告げる鐘が鳴る。メイスを担ぎ、兜を着け、左腕を振る。ガチャガチャと機構による駆動音を鳴らしながら、少年は闘技場へと上がる。


 怒号と歓声。砂っぽい空気に喉が渇く。

 闘技場、その開始位置にはもう対戦相手は付いていた。


 角笛の音が響き、割れんばかりの審判の大声が響く。


「さあぁて、役者が出そろいました! それでは紹介させて頂きましょう!!」


 大仰な仕草に、でかい声。そして右手で指し示す。


「私の右手に見えますのは、我が王国が誇る騎士! ナターシャ・ユーリエ!! 師団長でありながら、その剣技は全師団一ィ! この聖騎士選定御前試合の優勝候補! この決勝で彼女がどんな戦いを見せてくれるのか、期待だぁ!」


 次は、左手で少年を指し示す。


「左手身見えるますは、我らが闘技場の王者、戦士ウィル!! わずか七歳から闘技に参加し、その腕を切り落とされようと戦い、昨年遂に闘技場の王者となった!彼が奴隷か? いや違う! 例え奴隷だろうと、闘技場では強い者こそ正義なのだ!」


 そして審判は両手を挙げて叫ぶ。


「さぁ、挨拶を!」


 決勝戦故の宣誓。ウィルは構えを取る事で省略させて貰っている。女騎士が先に宣誓を述べる。


「戦士ウィル! 貴公との決闘、神に心から感謝する。して、貴公。聖騎士になって何を望む?」


「……」


 礼儀を尽くしてくれる相手の質問に答えられないのが申し訳ない。


「どうした! 答えろ! まさか私利私欲で聖騎士になろうというのではあるまいな!」


 言いどもる様に見えたのだろうか。見かねた審判がユーリエに耳打ちをする。


「ユーリエ殿、彼は舌を切り落とされて話せないのです」


「なんと」


 耳打ちをされた女騎士が少年に向き直る。


「これは失礼した。謝罪させてくれ。この通りだ」


 そういって彼女は頭を下げる。短く切られた茶髪が地面に付きそうになる程に。俗にいう土下座のような。少年は慌ててその頭を上げさせようとする。


「本当にすまない。戦士にとんだ無礼を働いた。それにここは闘技場。戦士の戦う理由に貴賤きせんなど無いのにな……」


 少年は大きく頷く。目の前に居る女性の人となりは先程の行動で十分すぎる。もしこの英雄に負けるなら少年も悔いは無かった。


 少年は開始位置に戻り、儀礼の構えをする。女騎士もそれに応じ、構える。


「いざ!」


「ッ!」


 両者、飛び込み吠える。









 


 



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