0013:試練

すでに一時間目だけで腹がくちくなっていたノグチ達をグラウンドで待っていたのは相変わらず不機嫌そうな教官だった。そのあまりの不機嫌そうな雰囲気に何が待ち受けているのかと息を呑んだ一同だったが、言ってしまえば思ったより”まとも”な授業だった。


すでに予告された通りきついことに変わりはないが、教官は基本こちらの行動には何も言わないので一挙手一投足に気をつけなければ、という空気感のキクチの授業から比べればすこぶる空気は良かった。もちろんそれは不平不満はもちろんこちらの要望の一切も黙殺されるということであるが。


体術の授業というだけあって最初は筋トレから始まる。その中で皆が苦悶の表情を浮かべていることに反し、一切顔色を変えなかったのがペーターだった。自己紹介も最小限のことしか喋らず、食事の際も一切しゃべることのない彼は近づき難い雰囲気に身をを包み黙々と指示された内容をこなしていく。授業が終わってみての感想としては案外普通、純粋なきつさといったところだ。教官は不機嫌そうに最低限のことしか言わない上にメニューが淡々と用意されているだけなので体感時間は非常に短かった。とはいえ、終わったあとの体の痛みがしっかりと体術の授業を受けたことを教えてくれる。


さて、ノグチを含め、一同の多くが楽しみにしていたのが次の能力指導の授業だった。教官達の中では唯一優しそうであり、また能力の使い方を学べるはずだという期待も大きい。しかし、後に一同はそれが甘い見積もりであったことを知ることになる。




訓練場についた一同を教官、リンショウは細い目を更に細め、にこやかな顔で待っていた。


「みんな、お疲れ様。この授業が終われば一旦昼休みだね。午前最後の授業頑張ろう!」


そう言うとリンショウは何やら懐から取り出し、地面においていく。そして、一歩下がると近くに落ちていた石ころを数個取り上げ、その”なにか”をおいたあたりにばらまいた。すると、驚くべきことに一瞬にして六本のツルのような植物がそこに出現した。


リンショウは驚く一同を一人ひとり手を取り、植物をまたぐように立たせる。そして再度石ころを植物のあたりにばらまく。すると今度は植物はノグチ達を締め付けるように成長し、腰のあたりまで埋まる。


ここまで来てやっとリンショウは口を開いた。


「みんな、びっくりしたと思うけどその状態で話を聞いてね。この授業では能力をいかに使うかということを学びます。そこで、初回授業に何をしようかと考えたんだけど、初回だしゲーム形式にしたら面白いんじゃないかと考え、そんなものを用意してみました。その植物はね、面白い植物でツル系の植物なんだけど成長するとツル系の中でも特に太く、頑丈に成長するんだ。そこで、みんなには成長したその植物の中から脱出してもらいたいと思います!今回これで学んでほしいのはね、能力の対象を如何に絞るかってことなんだ。」


そう言うとリンショウはこれまた懐から大量の植物の種子を取り出し、一気に足元の土に埋める。


「ここにあるのはね、全て種類が違う植物の種子250個。そして対象を絞るとはつまりこのように」


次の瞬間、リンショウが地面に手をつくと一つのみが成長した。咲いた綺麗な彼岸花を愛おしそうに眺め、再び口を開く。


「いくら混ざっていても自分が能力を及ぼしたい対象に正確に能力を使うということ。みんなにはそれを学んでもらいたい。そのためにそのツルに含まれるであろう自分が能力を及ぼせるであろうもしくは及ぼしたら効果的であろう物質を的確に選択し、能力を行使する、それを行ってほしいんだ。」


突如要求された高度な技術に戸惑いを覚える一同だが、間髪を入れずリンショウはもう一度石ころをばらまいた。すると、完全に体が覆い隠されるほどにツルが育つ。ツル植物のゴワゴワとした表面の向こう側から薄っすらとリンショウの声が聞こえてきた。


「早く脱出しないと上が閉じてるから呼吸困難になっちゃうよ〜?死にはしないと思うけど苦しいんじゃないかな。この次は昼食で更にその次はまた僕の授業だから長くて3時までツルの中にいることになっちゃうよ。頑張ってね〜」


正直なところ、理不尽の極みである。授業だというのに呼吸困難寸前の状況に追い込まれてそこから自力で脱出しろと言われる。ここまで一方的に進められるともはや何が何だか分からないと言った状況だが、ともあれものを増やす、という能力を使ってなんとか脱出しなければならないというわけだ。


どうしたものか、と考えあぐねているところで歓声が聞こえた。リンショウのものだ。


「すごいすごい!すごいよペーターくん!本当に素晴らしい!この短時間で何をすればいいか理解してそれを瞬時にやってみせるとは!」


それに答えるペーターの声は遠くてよく聞こえないが大して喜んでいないことはわかる。驚くべきことにどうやらペーターはこの理不尽な試練を早くも突破したようだ。そういえば彼の能力は水を操る能力だったが、植物には絶対に水分が含まれている。それをどうにかして脱出したのだろう。


対してノグチの能力はものを増やす能力。まず何を増やすか決めた上で的確にそれだけに能力を及ぼさなければならない。難しい上に今まで到底考えたこともないような作業だ。しかし、ノグチはもう何を増やせばいいかを決めていた。

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