0010:教程

部屋全体が大きく揺れ、ノグチは大きくよろめき、同時に気怠げに座っていた教官が勢いよく立ち上がる。

そして教官のすぐ前にいたノグチだけが聞こえるぐらいの小さな舌打ちを一つし、部屋を出ていく。残された六人は顔を見合わせた。


「何かあったんだろうか……まさかもう襲撃があったのかな…」


不安げに口を開いたのはジョルジュだ。


「何かあったには違いないわ。問題はそれが何かってことよ。襲撃だっていうのなら断続的に衝撃がないのはおかしいわ。」


そう答えたのはサラだ。ジョルジュはなにか考える風だったが、原因に関して思い当たることもなく、黙ってしまう。

思い当たる節のないのも当然でそもそもノグチ達は自分がどこにいるのかさえわかっていない。

今いる部屋に至るまでの道のりでどうやらヤシマのあの貯水槽跡からは移動したらしいということはわかったが、共通して窓がないのでどこなのか、今何時かさえもわからない。六人の間になんとも言えない空気が流れたところで勢いよく扉が開く。

そこに立っていたのは教官ではなく白衣を着た切れ長の目の男だった。そして、その後ろに雰囲気だけで怒っていることがわかるぐらい怒気を纏った教官の姿。その教官の怒りに気づいてか気づかずか、男はにこにこしながら教壇の上を歩いて中央に来て教卓に手を置く。


「やあ!僕の名前はリンショウです!今の衝撃は僕が軽く実験をしていた結果だから気にしないでください。僕の後ろに立ってる堅物が君たちの教官ってことはもう知ってると思うけど、僕も君たちの教官を勤めます。能力以外の戦いはこいつ、能力の扱い方は僕が教えることになります。なにか質問はありますか?」


ここまでを一息に言い、キラキラとした目でこちらを見回す顔は童顔で、さながら少年のようだ。その勢いに飲まれて質問などできる人もおらず皆黙っていると咳払いが聞こえた。

その咳払いで六人は教官の存在を思い出した。


「ゴホン…そういうわけだ。私は貴様らに体術や銃の扱い方を教えることになる。どのつく素人である貴様らに教えることを考えると気が遠くなるわけだがこれも仕事と割り切って行う。なので貴様らもいくら辛いことや憤りを覚えることがあったとしてもこれが教わる者として果たすべき責務として割り切るように。」


最後の言葉で一同は顔をさっと青くする。この教官が言う辛いこととはなんだろうか。


「もう!またそうやって脅かして…そんなこと言っても思いやりのあるやっさし〜い子なのこのリンショウくんは知ってますからねー。と、はいそんなわけで今から時間割を配りまぁす。」


そう苦笑いをしながら割り込み、リンショウと名乗ったもうひとりの教官は紙を配る。その紙を見て一同は顔をさらに青くする。

〜一日のスケジュール〜

5:00;起床

5:30;支度を済ませた上で食堂集合、朝食

6:00;朝食後学習室集合、座学の確認テスト

7:00;場所そのまま、座学講義

9:00;グラウンド集合、体術指導

10:00;訓練場集合、能力指導

12:00;食堂集合、昼食

13:00;訓練場集合、能力指導

15:00;銃火器その他特殊戦闘指導

17:00;学習室集合、座学講義

19:00;食堂集合、夕食

20:00;グラウンド集合、体術指導(夜戦編)

21:00;自由時間

22:00;消灯、就寝

一体どこの軍隊かというぐらい詰め込まれた授業に申し訳程度に付け足された自由時間、果たして最後まで持つのだろうかという激しい不安に襲われ、ふと最後ってなんだ?と気づくノグチだったが、不安に襲われたのは大抵の面々も同じのようで動じていないのはペーターとサラぐらいのものだった。


「そんな!つい先日まで一般人だった我々にこんなスケジュール、無謀です!」


そう叫んだのはジョルジュ。どうやら思ったことをすぐに口に出すタイプのようだ。そのジョルジュに答えたのは教官、ではなくリンショウ。


「そうだね、一般人”だった”ね。でも今はその能力のおかげで一般人じゃないわけだ。それにね、最初から軍隊みたいに追い詰めたりしないさ。でも最終的に君たちに要求されるレベルは軍隊のそれと思ってもらっていいかな。大丈夫、君たちには能力があるんだ。体術指導の授業で能力を使って楽をするのはご法度だけどそれ以外の生活面では大いに能力を使って楽をしてもらって大丈夫だよ。特にノグチくんの物を増やす能力なんかは上手く使えば結構日常生活楽にできることも多いと思うよ。そのうまい使い方は僕が教えてあげるからね。」


急に名を呼ばれてはっとするノグチ。その横でどうあがいてもこのスケジュールは覆せそうにないと分かって絶望するジョルジュ。相変わらず表情を変えないペーター。三者三様の様子に教官は鼻を鳴らし、


「貴様らは今もっとも辛い授業は私の体術指導だと思っていそうだがそれが間違いだということはすぐに分かる。それと、座学講義の教師は今この施設内にはいない。明日の六時に見ることになる。以上で顔合わせを兼ねたガイダンスは終了する。施設内の各設備の使い方は各部屋に紙がおいてある。他に質問は?」


と付け加える。もっとも辛い授業が体術でないと聞いて怪訝な顔をする一同を尻目に質問を募っておきながら教官は大股で部屋を出ていく。そこにおずおずと手を上げたのはウィルマだ。


「すいません…お風呂の時間が見当たらないのですが…」


今までの絶望感と緊張感が少し解けた気がした。

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