0006:宗教
石を飲んですぐにはなんの変化も起きない。しかし、すぐにノグチの脳内に謎の空間が構築される。真っ白な、どこまでも広がる空間。そして、目の前に立つ見たことのない風貌の男。男は古代の神様のステレオタイプとも言えるような格好をしていた。腰布以外一糸まとわぬその
「待っていたぞ」
とだけ言い、次の瞬間にはノグチは目覚めていた。どうやら座ったまま気を失っていたらしい。目の前には退屈そうなエディが座っている。エディはノグチが目覚めたのに気づき、いかにも退屈だったというように大きな
「おお、長かったな。普通もうちょい早く目覚めるものなんだがね」
と言う。ノグチは眉をひそめる。確かにあの謎の空間で過ごしたときは一瞬だったはずだが、その後ずいぶん長いこと気を失っていたのだろうか。眉をひそめたノグチを見てエディはフッと笑い
「ああ、脳内で過ごした時間の長さ気にするな、どうもあれと現実の時間に相関性はないらしい」
と言う。どうやらエディも石を飲んで何かを見たことがあるらしい。それにしてもあの石は何だったのだろうか。体内で溶け、脳内に謎の空間を作り出す石など聞いたこともない。なおも怪訝な顔のノグチを見てエディは
「困惑するのも無理はない。さて、今君に飲んでもらった石の説明をする前にその水晶に触って力を込めてみてもらえるか?」
と聞いてくる。どうやら机の上に置いてある水晶にもなにかの意味があったらしい。ノグチは、深く考えるほど脳のキャパシティが残っていなかったため、素直に水晶に手を置き、力を込めようとした。すると、体の底から嫌な感じが広がってきた。その得体のしれない嫌悪感は次第に水晶に置いている右手の方に集中していく。嫌悪感と不快感がマックスになり、思わず手を離しそうになったその瞬間、水晶の横に同じ色形をした水晶が出現した。一体これはなんだろうか。まさか自分が水晶を複製したとは夢にも思わないノグチは現れた新しい水晶を不思議そうに見つめる。そしてエディも少々面食らったような顔になった。そのまままたふたりとも何も言わない時間が流れる。エディは相当困惑しているようだ。そして、エディは一つ咳払いをし、
「オーケー、まず、なんで石を飲んでもらったのか説明しようか……そもそも、君も思ったことだろうが、ポータルを守るだけならば世界警察がやっている。だというのに我々が存在している、このことが石と深く関係しているんだ。」
と説明をし始める。どうやらポータルを守るだけということしか知らされなかったこの組織のことを教えてもらえるようだ。ノグチは重要なことを知らされる、と思い、居住まいを正す。
「一口にポータルを守ると言ってもポータルを狙う集団はいくつか存在している。一番わかり易いのはポータルを破壊して世界に混乱をもたらしたい、占拠して自分たちの要求を通したいといった目的のテロリスト。こいつらは世界警察の管轄だ。もちろん我々も対処することは有るが、メインの仕事ではない。」
やはり世界警察とはなにか違った方面で守っているようだ。エディは特に何も言わないノグチを一瞥し、続ける。
「では一体我々は何と戦っているのかということだが、時にノグチ君、君は政治的な目的ではなく大人数が集まり、過激な行動を起こすとしたらその要因は何が考えられると思う?」
急に振られ、ノグチはよく考えずに
「金か?」
と答えたが、エディは首を横に振り、
「いや、金銭で集められた集団は規模こそ大きいがその結束は脆く、戦う気概の大してない者も多い。どうせ金をもらえるのならばあまり怪我などしないほうが良いと考えるからな。正解は宗教だ。宗教のもとに結束した集団というものは非常に厄介で恐ろしい。ここまで言ったら心当たりがあるかもしれないが君はジン教を知っているかい?」
と言う。
”ジン教”
その名を知らぬ者はこの世界にいないだろう。エネルギー危機の解決とほぼ時を同じくして唐突に現れ、急速に勢力を拡大させていったその宗教は、何やら不思議な力で人や物を治すということで、困窮した人々の間で流行ったという。ノグチの母国ヤシマでもその存在は確認されていたが、一般の認識は、途上国の貧民層の間ではやっている不思議な新興宗教団体、というぐらいのものだった。それがいつの間にか浸透していき、数カ月合わなかった知り合いが久しぶりにあったらジン教に入っていたということもザラだった。ノグチが付き合っていた人々は”自称意識高い系”のような人々だったため、入信している人物は少なかったが、着実に広まっていった。しかし、ジン教は他の新興宗教団体と違ったことがいくつかあった。一つは独自の教義、神話を展開していること。新興宗教と呼ばれるものもどこか既存の宗教の匂いを残しているものが多いが、ジン教は全くのオリジナルを貫いた。にもかかわらず信徒を大量に集めることができたのは奇跡のことも有るが、その世界観の完成度の高さも関係している。気を抜けばそうかもしれない、と思ってしまうような教義や神話の数々、宗教学者の中にはジン教の裏には専門家を多数擁する国際的な団体が絡んでいると見る者もいる。そして、他の宗教団体と違う点はもう一つ、決して過激なことを行わないということだ。信徒は決して過激な勧誘をしない。もちろん多少鬱陶しい勧誘を展開することもあったがそれが過激な方向に走ることは決してなかった。さらにかなりの数の信徒を過激ではないとはいえやや強引に集めたというのに特に何も行動は起こしていない。全世界で広まっても、何も行動は起こさず興った時から一貫して同じことしか行わない。奇跡と称する不思議な現象を見せ、奉仕と
当然とばかりにうなずくノグチを見てエディは本日何度目かわからない衝撃発言を口にした。
「我々の最大最凶の敵にして我々の存在理由、我々が戦うべき相手こそ、そのジン教だ」
ノグチはまたしても何も言えなかった。
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