0007:宗教(2)

 「我々の最大最凶の敵にして我々の存在理由、我々が戦うべき相手こそ、そのジン教だ」


 またしてもノグチを衝撃が襲う。過激派やカルトといった言葉とは特に無縁とされてきたあのジン教と一体何を戦うことが有るというのだろう。よく飲み込めていない様子のノグチにエディは厳しい顔で問いかける。


「何を馬鹿な、と思うかもしれないがこれから俺が話すことはすべて真実だ。そもそもジン教の教義とはなんだ?外には抽象的な情報しか漏れてこず、正確な教義や中で何を教えられているのかなど実はだれも知らないんじゃないか?」


言われてみればそうだ。


〜私達は私達の神のお教えに導かれ皆様に奉仕をすべくこのように手助けをさせていただいているのです〜


いつかテレビでジン教がインタビューを受けた時に教団の関係者がこのように言っていた。一体その神の教えとはなんだろう。思えば本当に世間では奉仕団体としての側面が強すぎて内面についてはあまり触れられてこなかった。もしかしたらテレビ局内に教団関係者がいるからかもしれない。興味がなかったので気にしてはこなかったが今思えば非常に不気味な集団だ。ハッと気づいたような顔のノグチを見やり、エディは続ける。


「だが我々はその内容を知っている。そもそもジン教は多神教なのか一神教かさえも明らかになっていないが唯一神アツァを信奉する絶対的一神教だ。そしてその内容とは極めて過激かつ排他的で危険なものだ。奴らの中で唯一神の定めたもの以外は不要なものとして扱われる。対照に唯一神がその存在を認め、定めたものに対しては常に敬意を持って接し、尊重するべきものとして扱われる。奴らが貧しき民からそうでない者にまで施しをするのはそういうわけだ。」


少しずつ話が見えてきて気がした。ポータルを守るのがこの組織の任務、そして組織の存在理由はジン教と戦うこと。ジン教の教えは……


「そう、わかったみたいだな。ジン教はポータルを神が許さなかったものとし、執拗に破壊しようと攻撃を仕掛けてくる。その排除対象は個人にまで及ぶ。奴らは神が許さなかったという理由で何年にも渡って暗殺を続けている。もちろん我々も守れる範囲で守ることはするが、警察内部にまで教団関係者がいる以上滅多なことはできない。守りきれず指を咥えて見ているしかないことも多いのが現状だ。」


ここで、ノグチの頭にフッと疑問が浮かんだ。教団がこれまでに破壊してきたものは他にも有るのだろうか。それだけ過激な教えの宗教がポータルと人間数人のみを対象にしているとは考えにくい。それを尋ねるとエディは深く頷き、


「そうだ。もちろん他にも有る。一夜にして急に倒産した会社などはなかったか?謎の倒壊事故を起こして潰れたビルは?建設予定だった施設が急に計画ごと消滅したことは?それらはすべて奴らが裏で糸を引いている。」


と答える。確かにそのような事故は何度かあったがそれがすべて一つの集団が起こしたことだというのか。しかし話を聞いているとまるで――


「そう、まるで幼児が自分の気に入らないものを壊しているように全く理性もなくただ盲目的に破壊活動をしている。我々はその理由をなんとなくだがこう予測している」


頭の中を読んだかのようにエディが補足する。


「おそらく奴らのトップにはなにか目的が有る。その目的に邪魔なものを神が許さなかったという理由で信徒に破壊させているのではないか、というようにね。教団のトップは神など全く信じておらず、目的のために都合のいい宗教団体の皮を被っているだけなんじゃないか、そう考えているよ。」


ここで、また一つ疑問が生じる。


「なぜあなた方はそれを知っているんだ?そしてなぜそれを知っていながらそれを公にせず対処療法のようなことばかり続けている?」


これではまるで戦っているといいつつ教団のことを容認しているようだ。それともなにか公にできない訳でも有るのだろうか。エディは少し困り顔になりため息を一つつき、答える。


「その疑問ももっともだ。まず、なぜ我々が教団の真実を知っているか、ということだが、これについては奴らが先に襲ってきたから、というのが一番近い理由だな。我々の存在理由が奴らといったがこれは誇張でもなく事実で、奴らが襲ってきてそれに対抗するのに普通の組織では不可能だから我々がいる。その我々が奴らの凶暴性を知っているのは当然だろう。教義云々に関しては捉えた信徒から聞き出した。これでも口を割る信徒が少なくて苦労したんだ。何年もかけて断片的に集まった情報をつなぎ合わせてやっと先程の真実を導き出せた。」


考えてみれば戦う相手のことも知らないのではお話にならない。当たり前といえば当たり前かもしれない。しかし、今の所それを公にしないもっともな理由が説明されていない。さらにエディは続ける。


「そして、我々がなぜその事実を公表しないかということだが、そもそも我々の存在は一般に知られてはならないのだ。誰かに委託して公表してもらうにしてもほとんどの報道機関に教団関係者が強い影響力を持っており垂れ込んだとしてもおおよそ報道されることはないだろう。それに、名前も明かせない謎の集団からの突拍子もない告発では信じるものも信じない。もっと言ってしまえばポータルの場所は厳重に隠され、一般人はポータルが有るということしか知らずどこに有るのかは知らない。よってポータルを巡って戦いが展開されていることも秘密でなければならない。教団とポータルをめぐり対立している勢力がいるということすら明らかになるのは問題なんだ。そうなったらポータルの位置や警備状況の開示を迫られるということにもなりかねん。これで納得してもらえたかな?」


要するにこの組織に関連する云々は徹底して秘密でなければならないから告発などもってのほかというわけだ。ようやくノグチもジン教が敵であるという事実を飲み込み始めていた。しかし、会って数時間の男の言うことだ。あまり信用はしていなかった。とはいえ、人間は裏がないと言われるものの裏側を知ったとき、それが本当であるといとも簡単に信じてしまう。ノグチもそうした人々の例外ではなかった。今の所警察では内部に隙が生まれるからこの組織が戦わなければならないということだろうか。少し飲み込みかけていたノグチにエディは言う。


「そして、ジン教と戦うのが我々でなくてはならない理由は警察内部に教団の人間がいるということだけではない。そこに君に飲んでもらった石が関係してくる。」


ついに石のことを説明してもらえるようだ。ノグチは少し身構えた。

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