54話:語られた真実


 楓の講習の後、夕食まで微妙に時間が余ってしまった。

 リリアはまだ訓練を続けたいと隼人を探しに行ってしまった為、楓と二人で王城の庭をぶらぶらと歩く。

 特に会話が有る訳ではないが、それが心地いい。


 穏やかな空気を楽しみつつ、楓を観察する。

 ちょこちょこと小動物のように歩く姿は非常に癒される。

 何と言うか、餌を与えたくなる感じなのだが、構いすぎて嫌われるのも怖いので過度な干渉はしない。

 女の子の成長は早いと言うからな。いつまでも子ども扱い出来るものでは無いだろう。

 少し寂しい気もするが、楓の成長が嬉しくも思う。


 しかし、年齢的に父親代わりは難しくても。兄代わり程度にはなれているだろうか。

 一年間いきなり音沙汰無しになってる時点で保護者失格だとは思うが。

 それでも久々に会った時の変わらない対応は嬉しく思った。

 まあ、あのノリは若干着いていけないのだが。


 普段の楓は内向的だ。

 余り自分の意見を言わず、周りに合わせるように接することが多い。

 だが、譲れない箇所は何があろうとも曲げない頑固さも持っていたりする。

 そのせいで俺達は皆、謎の二つ名を付けられた訳だ。


 一方で、能力発動時の楓は大胆不遜な立ち回りが目立つものの、通常時ほどの思慮深さが無く、その場凌ぎの言動が目立つ。

 ノリが全てなのだろう。文脈内で矛盾している事が多々ある。

 それはそれで面白いので構わないのだが、出来れば巻き込まないでほしいと言うのが本音だ。

 見ている分は面白いのだが、絡まれると非常に疲れる。

 まぁ、それでもつい付き合ってしまうのだが。


「亜礼さん、は」

「ん?」

「戦うの、怖い?」

「あぁ、怖いよ。出来れば戦いたくはない」


 一瞬、嘘をつこうかと思い、辞めた。

 俺を見る目がとても真剣だったから。

 適当にはぐらかす訳にはいかない。


「私もね、戦いは、怖いよ。

 それでも。亜礼さん、達が居るから、大丈夫な、の。

 いつでも守って、くれる。そう、信じてるか、ら」

「……そうか。なら、頑張らなきゃいけないな」

「うん。約束」

「あぁ。出来る限りだが、助けてやる」

「私も、出来ることを、しようと思う」


 戦いが終わる度に泣いていたあの子が、立派になったものだ。

 良い変化なのかは分からないが、それでも前に進もうと頑張っている。

 楓だけではない。司も、隼人も、詠歌も。

 皆、いつまでも子どもで居続ける訳ではないのだろう。


「……楓が結婚するとかなったら泣く自信があるな」

「い、きなりだね。まだ結婚とか、ないと思う」

「それは分かってるんだがな」

「でも行き遅れたら、亜礼さんがもらって、ね」

「俺、大分おっさんだけどな」

「別に、こっちだと、十歳差くらいとかでも、普通だと、思う」

「そうか……まあ、そうだな」


 こちらの世界では二十歳差程度までなら大して珍しい話でもない。

 前騎士団長の奥さんもたしか十五歳差だったように思う。


「まぁ、ないとは思うがな。楓は美人だし、相手なんてすぐに見つかるだろ」

「……そういう問題じゃ、ないんだけ、ど」


 分かっている。

 数年共にいるのだ。好意を持たれている事くらいは理解している。

 恋愛感情なのか憧れなのか、楓自身にも分かっていない事を含めて。


 だがそんなものは、時間が教えてくれるだろう。

 ゆっくり考えてみればいいんじゃないかと思う。

 戦争自体は終わったのだ。

 今回の遠征が片付けば考える時間も増えるだろう。


「まあ、何はともあれ、今回の遠征が先だな」

「そうだ、ね。がんばる」


 ぐっとちいさくガッツポーズを取る楓の頭を撫でる。

 俺も色々と、考えなければならないな。



 翌朝。ゲルニカ遠征の日取りが決まった。

 三日後、朝方に楓の転移魔法であちらへ渡る。

 その後は当初の予定通り司と蓮樹を先頭に旧魔王城を攻める方針だ。


 詠歌の加護による遠隔視ヘイムダルバレットでアイシアの居所は旧魔王城だと判明している。

 かなりの数の魔族を揃えているらしい。

 強襲だった魔王討伐と違い、今回は総力戦になるだろう。

 人間も、魔族も。また、たくさん死ぬ。



『おっハロー。用意はしてあるから好きにしてねー。

 ……あーあ。後で絶対に怒られるよね、コレ』

『すまんな。その時はまぁ、よろしく頼む』

『はいはい。そっちも頑張ってね、英雄サマ』

『まぁ、死なない程度で頑張るさ。英雄なんて柄じゃない』



 自分が蒔いた種だ。少しでも人が死なないように、出来る限りをやっておきたい。

 後は、約束を果たしておこう。



「……で。なぁんでアタシの所に来るのかなっ!? 馬鹿なのかなっ!?」


「前に頼れって言ってたろろ、お前」


「……そりゃまあ、言ったけどさー。いきなりそんな話持ってくるかな、普通」


「すまん。それに、一つ話をしておきたくてな」


「話? 何かな?」


「あー……お前はさ、どうやってこの世界アースフィアに来たんだ?」


「え、何さいきなり……剣術の試合中に浮かんだ魔方陣に突っ込んだって前も言わなかったっけ?」


「いや、初耳だが……だから刀持ってたのか」


「逆に何だと思ってたのか聞いてみたいんだけども」


「第一印象は危ないヤツだなあ、と」


「……そう言やアレイさん、最初だけ敬語だったね」


「そりゃあな。日本で日常的に刀持ってるとか、なぁ?」


「あー、まぁ確かに。てか今考えると随分平和な世界だったねぇ、日本」


「むしろすぐに順応出来たお前らが凄いと思うが」


「常在戦場って教育方針だったからね。で、そっちは?」


「おう、引くなよ?」


「それこそ今さらじゃないかなっ」




「まあ、アレだ。病んだ妹に突き飛ばされてトラックに撥ねられた。気が付いたら女神の前だ」




「…………ねぇ、アタシがこんだけ後悔するって超レアなんだけど」


「今はアイツからその時の記憶は消えてるみたいだがな」


「……あ。加護もらう時かな?」


「ああ、『心を守る盾』を願った時だろうな。堅城アヴァロンと、もう一つ。自分の心を守るための加護があった訳だ」


「うひゃー……すごい話聞いちゃったな。でもアレイさん、トラックに撥ねられてよく無事、で……

 え、まさかとは、思うけど」



「お前は言ったな。何故死に急ぐのかと。だが、前提が違う。

 俺は一度死んで、この世界で新たな命を得ただけなんだ。

 魔王というシステムを破壊する為だけに」


『必ず魔王を倒してください。その為のを、貴方に授けます』


「……聞かなきゃよかった、とは言わないけど。

 アレイさんの身体能力が他の人より低いのって、それが理由?」


「ああ、マイナスをゼロに戻しただけで加護の限界が来たみたいだな」


「あー……まあ、なんか色々理解出来たかな」


「そう言う訳でな。お前には悪いが、ただ聞いてほしかっただけだ」


「ちょっとまぁ、色々思うことはあるんだけどさ。とりあえずアレイさん、いきなり死んだりしないよね?」


「じゃないか? 魔王を撃ち抜いても大丈夫だったからな」


「消えちゃう可能性があったんだね……ちょい笑えないんだけど。

 これからは生き残ることを優先してよね?」


「あぁ、約束する」


「でもあれだね……スッゴイむしゃくしゃするっ!!

 今日は、付き合ってくれるんだよね!?」


「酒は持ってきてるぞ」


「よしっ!! とりあえず飲もうっ!!」


 そういう事になった。

 


 空が白んでいるのが窓越しに見える。日が昇ったようだ。

 ベッドの上で腹を出して眠っている蓮樹に毛布をかけ直してやり、音を立てないように部屋を出た。

 そのまま、誠が用意してくれた転移機のある部屋に向かう。

 薄暗い部屋、と言うよりは倉庫に近いか。

 誠が一時期だけ使っていたその倉庫の隅に、転移機は設置されていた。

 これを使えば、一瞬で魔王城に飛べるように設定してくれているらしい。


 今日も一日が始まる。皆に取っていつもと変わらない日常が。

 それで良い。厄介事はこっちで引き受ける。

 皆はただ、平穏に暮らしていてほしい。


 一度無くした命だが、それでも無駄にはしたくない。

 せめて、意味を残したいと思うのは、多分俺のワガママだろう。

 それでも、だからこそ。

 アイシア。新たな魔王。お前は、俺が終わらせる。

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