55話:決戦
誠に用意してもらった転移機は問題なく起動した。
旧魔王城の目前。ゲルニカの地を踏み、転移機の核を引き抜く。
これで、誰も追っては来れない。
歌音が俺の不在に気付くのは昼過ぎだろう。それまでに、終わらせる。
戦争は人が死ぬ。人間も、魔族も。
ならば、せめて犠牲が最低限で済むように。
それが出来る加護を貰っておいて良かったと思う。
単騎特攻。それが俺の持ち味で、それ以外できないのだから。
「起きろ、
蒼い魔力光を纏い、右腕に顕現する俺の加護。
使いにくく、応用の効かない、俺だけの力。
「やろうか、相棒」
最初から最後まで全開で。出し惜しみ無しだ。
ブースター起動。停止状態からフルスロットル。
まるでトラックに
凄まじい勢いで風景が流れていく。
森の木々、石作りの塀、城壁。そして、魔王軍の残党。
青い肌に角を持つ魔族たちと、彼らが使役する大勢の魔物。
武装した奴らに勢い任せに突貫し、正面突破する。
「行くぞ! 止められるものなら止めてみろ…!!」
最初に突っ込んだ先には機械仕掛けの十メートルはあろう巨大な魔道ゴーレム。思いのほか素早く振るわれた腕をブースター急加速で回避。
そのままの勢いで核を狙い鉄杭を撃ち込む。轟音と共に一撃で仕留め、反動で跳ね飛ばされながらもすぐに次の敵に向かって再加速。
五メートルはあろうかというトロールが物凄い速さで迫る。こいつは再生力にが高く厄介な相手だが、お構い無しに頭部に必殺の一撃を叩き込んだ。
その奥に控えている、禍々しい魔法陣を大量に纏ったアークデーモン。空を覆い尽くす程の魔弾を掃射してくるが、その全てを躱して防御用魔法陣ごと撃ち貫いた。
「これで、デカブツは終わりだ!」
慣性のまま吹き飛びながら周りを見渡すと、ゴブリンやオーク、ミノタウロスにグリフォン。
見慣れない魔物もかなりの数が居るが、関係ない。
最大加速。残像を生む速度からの殴打で何匹も同時に撃破していく。敵の攻撃はかすらせながらも直撃はしない。その程度では、一秒たりとも止まらない。
殴り、蹴り、弾き飛ばし、そして撃ち貫く。
驚愕、畏怖、怯え、怒り、殺意。
魔物たちの感情を受け入れながら、それでもまだ加速する。積み重なる魔物の遺骸。だが、油断はしない。
「邪魔だぁっ!! どけぇっ!!」
集中力を高め、全方位を警戒し、敵の位置に向かって突貫する。
もはや撃破した敵の数も分からない。しかし、魔族に関しては吹き飛ばしただけに留めている。
死人は出したくない。こちらだけではなく、向こう側にも。
だからこそ、集中力を高め、一撃の威力を調整する。
そして、やがて。
「……こんなところか」
敵の群れが消えた。あるのは砕けた城壁、抉られた地面、そして山のように積まれた魔物の死骸。
俺も多数の傷を負い、満身創痍に近い。それでも、誰一人死んではいない。
これで良い。そうでなければ、命を賭ける意味が無い。
ひとまずここは片付いた。さぁ、次が最後だ。
廃墟に見えるほどボロボロになった魔王城。壁の穴から中に入り、記憶を頼りに大広間へ向かう。
気持ちが逸る。焦っても仕方の無いことだが、駆け出しそうになる。
落ち着け。体は熱く、頭は冷静に。何があっても対処出来るように。
やがて、見覚えのある廊下に出た。この先は以前も通った道だ。体が覚えている。
一番奥、謁見の間と思わしき大広間。そこに足を踏み入れると、大きなステンドグラスから色取り取りの光が降り注いでいた。
鮮やかな空間。敵地とは思えないほど静まり返り、まるで神殿のような印象を受ける。
そしてその神聖な場所に、俺が求めた相手が居た。
「アイシア。やっぱりここか」
いつもの黒いゴシックロリータ調のドレスを身に纏い、月夜のように美しい魔人は、王座の前に立っていた。
優しい月明かりでも浴びているかのような、穏やかな微笑みを浮かべて。
途端、アイシアは蛇腹剣を振り上げ、ガシャンと盛大な音を立てステンドグラスを破砕した。
キラキラと降り注ぐガラスの
敵であるにも関わらず、その光景につい見蕩れてしまい、すぐに我に返る。
アイシアは既にこちらに視線を向けていた。
真紅の唇が三日月のように裂ける。
相変わらず、怖い嗤い方をする奴だ。
「くふ。いらっしゃい、私の英雄様」
「盛大な出迎え、ありがとな。それに外じゃ良い準備運動になったわ」
「それは何よりねぇ。じゃあ、全力で遊びましょう?」
「俺はいつだって全力だよ。油断する余裕なんて無いからな」
「くふふ。そうねぇ、貴方はそう言うわよねぇ」
シャランと伸ばされる蛇腹剣。ムチのようにしならせ、振るう。
周りにあった瓦礫や残骸が全て吹き飛び、戦うためのスペースが作られた。
随分と周到なものだ。まぁ俺としても助かるのだが。
「俺はお前を撃ち貫く。止められると思うなよ?」
「今日は積極的ねぇ。くふ。嬉しいわぁ」
嗤う紅い月の化身。虚ろなる魔人。
その身を目掛けて、ブースターを起動させた。
弾け飛ぶ。頭から血の気が引いて視界が暗い。集中力が極限まで高まり、視界がモノクロに切り替わる。簡素な風景の中、一つだけ色付いている、アイシアの
その色を目掛けて突貫、アガートラームを突きつけようとするも、蛇腹剣で迎撃されて進路をずらされた。すぐに壁を蹴りつけ制動、向きを合わせて床に足を着ける。
「今日は一人なのね。大好きなお仲間はいないのかしら?」
「お前程度、俺一人で充分だからな」
再加速、払われた蛇腹剣をアガートラームで弾き、速度を乗せた左拳を突き出す。
肩に
尚も嗤い続けるアイシアの胸を目掛けて鉄杭を放つも、いつの間にか床に突き立てていた蛇腹剣で自身を下に引き寄せ、こちらの一撃を避けられる。
加速、追撃の蹴り。着地したアイシアは間髪入れずに剣を持ち上げ、それを受けながら後ろに飛び、衝撃を殺される。再び、間合いを離された。
「くふふ。いつもより激しいわねぇ。嬉しいわぁ」
蛇腹剣を地に垂らして、嗤う。
怖い笑顔だ。まるで肉食獣の様な、狂気に満ちた鋭い眼が向けられるだけで恐怖がせり上がってくる。
しかし怯んでなんかいられない。コイツは今、ここで貫く。
俺の意志に呼応するかのように、ガチリとアガートラームが哭いた。
ーーー『
「行くぞ、魔王。止められるものなら止めてみろ」
ーーー『
「くふ。いいわ、遊びましょう、アレイ」
「あぁ。俺がお前の終焉だ」
低空に躍り出て、加速、加速、加速。
臨界を超え、身体中が軋む中、それでも更に加速する。
景色が、音が流れていく。血が偏り、世界が暗がりに落ちる刹那、突き出した左腕に衝撃が走る。横薙ぎに振るわれた蛇腹剣、それが生み出した痛みを無視し、往なす。勢いを殺さずに回転、再加速して左の裏拳を放つが、紙一重で避けられ、反撃に素早く振るわれた剣を横への加速で回避。回転、右回し蹴りを放ち、アイシアの腹にぶち込んだ。
「まだだぁっ!!!!」
続け様に打ち上げ気味の裏拳を放って体勢を崩し、加速、その華奢な体を更に蹴り上げる。
吹き飛んだアイシアを追い、加速、ムチのように振られた蛇腹剣に邪魔をされ、進路をずらされた。足から壁に突っ込んで制止、自由落下が始まる前に爆発推進。
音が消え、口内に血の味が溢れ、視界が歪む。
蒼い魔力光。飛び散る鮮血。アイシアの黒。もはやそれしか見えない。
しかし、止まらない。誰にも俺を止められない。
『意志を貫く力』はこの程度では揺らがない。
命を燃やし、魔力を糧に推進力を得て、回転により遠心力を生み、アガートラームを叩き付ける。
低空を跳ね飛び、振り回される蛇腹剣を躱して致命傷を避けながら距離を詰める。不規則に動き回り、狙いを定めさせない。それでも全身の肉を削がれる度に衝撃で速度が落ち、その度に再加速しているせいで、魔力が恐ろしい速さで消耗されて行く。
「――ぐぅっ!?」
痛い。怖い。心臓は早鐘を打ち、汗が飛び散る。今すぐにでも帰りたい、そんな弱音が心を満たす。
だが、退けない理由がある。俺には戦うための力があって、守りたいモノがある。ならばもう、俺に出来ることは一つだけ。
ただ愚直に、突き進むのみ。
ジグザグな起動で近接。引き戻されて片手剣となった蛇腹剣で斬り掛かるアイシア。その剣を左の手甲で弾き飛ばし、ありったけの魔力を込め、最後の加速。
麗しき魔人の驚愕に染まった顔。
ゼロ距離。俺の間合いに、入った。
ーーー『
俺は一つ、仲間達に嘘を吐いた。
女神は言った。魔王を倒す為に仮初めの生を与えると。
魔王を撃ち抜いたあの時。俺が消えなかったのは、欠片が残っていたから。
魔王の最後の一欠片。それが無くなれば、仮初の契約は果たされる。
約束は守らなければならない。
しかしその優先順位を決めるとすれば。
それは、約束した順番になるのだろう。
詭弁でしか無いが、それでも。
誰かが死ぬより、余程ましな結末だ。
アガートラームをアイシアの胸に突き立てる。回避も防御も不可能な、必殺の間合い。それでも彼女は、赤い月三日月のように嗤っていた。
「くふふふふ……ああ、終わってしまうのね」
「先に行って待ってろ。すぐに後から追い付く」
背部から吐き出される推進力。体を巡り、加速する力。
圧縮された魔力と力の流れを組み合わせてに撃ち出した鉄杭が、麗しき魔人を穿いた。
あらゆる物を弾く『魔王』と、全てを穿く『
遅れて届く、ドラゴンの咆哮にも勝る聞きなれた轟音。
廃墟と化した大広間に鳴り響く、終わりの鐘の音が鳴り響いた。
矛盾は果たして、矛が盾を撃ち穿いた。
耳が狂うほどの音に次いで、衝撃で二人揃って吹き飛ばされる。その間も、アイシアからは目を逸らさない。
残心。仕留めたことを確認し終えるまで、警戒は解く訳にはいかない。それに。
確かに胸の真中を撃ち抜いた。だが、まだ終わっていない。
アイシアの表情は、まだ嗤っている。
視界の端に映る蛇腹剣。最後の力を振り絞ったであろう攻撃に、反射的に左腕を掲げる。手甲を削られ、絡み付いた蛇腹剣の先端に引き寄せられた。
不味い、魔力不足による虚脱感で反応が少し遅れた。それに、ブースターに回す魔力が足りない。
軌道を変えられず、俺はそのままアイシアの元に引き寄せられ、唐突に抱き締められた。
落下。受け身が取れず床に叩き付けられ、やがて、止まった。
ボロボロになった魔王城の大広間の真ん中で、二人揃って倒れ込む。
ここだけ見れば、恋人同士の蜜月にも見えるかもしれない。
強く抱きしめられ、腕が動かせない。
そして目の前には、穏やかに微笑むアイシアの顔。
まるでキスをするかのような距離に、息を飲んだ。
「くふ。くふふ。あぁ、胸が痛いわ」
アイシアの全身から、黒い魔力光が溢れる。
魔王が終わる、その間際。それはまるで、束の間の逢瀬のようだ。
「……アイシア、お前は」
「ええ、そうよ。もう終わり。魔王のカケラで命を延ばしているだけに過ぎないわ」
「……そうか」
徐々に弱まる、俺を抱きしめる力。
しかし、何故か振り払おうとは思わなかった。
「くふ。ふふふ。ねぇアレイ。英雄サマ」
「何だ。遺言か?」
「アナタは、この魔王という物を作ったのは誰だか、知っているのかしら?」
悪戯めいた顔で笑う。穏やかで可憐な、優しい微笑み。
しかしその内容は、こちらを
その言葉に、俺は即答した。
「あぁ。女神だろう?」
俺の言葉に目を見開き、そして、アイシアはとても楽しそうに微笑んだ。
「なぁんだ。知っていたのね。残念だわ」
「状況証拠しか無かったがな」
幾ら魔力と記憶を引き継ぐと言っても、
そこには何者かの手が加えられていると考えるのが妥当だろう。
そして、そんな事が出来るのは女神クラウディア以外に有り得ない。
「魔王なんてシステムを作った理由は知らないが。それでも、それが害となるなら、根元から断つしかないだろ」
「くふ。そう、それでこそ、人間ね」
「あぁ。それが俺達、人間だ」
どんな理由があろうとも、自分達の外敵は滅ぼす。
それが人間という生物だ。
そしてそれが、俺が魔王を殺す理由でもある。
女神との約束。そして、仲間を守るために。
司にやらせはしない。他の誰にも任せられない。
この世界の人間達は、最強を殺した新たな最強を恐れるようになるだろう。
そしていつか、その者を迫害するだろう。自分達とは異なる存在として。
最強という呪いは、先の無い俺が引き受ける。
魔王を殺し、役目を終えた俺も同時に消える。
そうする事で、やがて生まれる疎外と悪意は、全て持って逝く。
それこそが、俺がこの世界に来た意味だと思うから。
「アイシア、俺はお前が怖かったよ。
いつか居なくなる俺に執着するお前が、ただ怖かった」
「くふふ。愛しい人。優しくて哀れな私の英雄。
本当は、貴方を殺してあげたかったけど……私では足りなかったみたい」
「あぁ。化物を殺すのは人間だ。女神でも魔王でもない」
「そうね、でも一つだけ、呪いをあげるわ」
俺の頬に手を添えて、不意に。唇に軽くキスをされた。
一瞬触れるだけの、しかし多くの感情が込められた、優しい口付け。
そして、俺の耳元で呪いの言葉を言い放つ。
「アガートラームに、魔王のカケラが組み込まれているわ。
私が死んでも、貴方は死なないみたい」
「…………何だと?」
何故、女神との約束を知っているのか。
疑問に思うが、しかし、それ以上に。
魔王が残っている。だとしたら。
「蒼い魔力は魔王のカケラを吸収した証。であれば、当然そこに魔王が残ってるわ。
くふ。くふふ。ねぇアレイ。魔王殺しの英雄サマ」
「貴方を殺すのは、誰の役割かしらねぇ?」
黒い魔力光が一際輝き、アイシアから力が抜け落ちる。
俺を抱き締めたまま、紅い月の化身は塵となり、風に舞い散っていった。
達成感など少しも湧かず、虚しさと切なさが胸の中に溢れている。
様々な疑惑も浮かぶが、血を流し過ぎたせいか頭が回らない。
それにもう魔力も尽きた。もはや立ち上がることすら出来ないだろう。
ならば、俺を殺すのは魔族の誰かだろうか。出来れば彼らにもそんな重荷を背負わせたくは無いのだが。
仰向けに寝転がり、ボロボロの天井を見上げながら、やがえ俺の意識は暗闇に落ちて行った。
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