52話:魔法使いの講義


 この世界の魔法は大分曖昧だったりする。

 人は誰しも体内に魔力を持っており、そのエネルギーを使ってイメージした現象を実現化する技術を魔法と呼ぶのだが、そもそも魔力とは何か、よく分からないらしい。

 俺も理屈は分からないが、微量な身体強化や神造鉄杭アガートラームの顕現なんかは感覚で覚えている。

 魔方陣や呪文はイメージの手助けをする為のもので、熟練者は短縮したりもするのだそうだ。


 と言うのが一般論なのだが。突如始まった楓の説明会を聞いていると何が何だか分からなくなってきた。

 前にリリアと約束をしていたらしく、たまたま近くに居た俺も同様に聞かされる事になった訳なのだが……

 マナとかイドとか化学反応とか、専門用語が多過ぎて俺には理解出来ない。

 一緒に聞いているリリアは理解しているようで、希に質問を投げている。

 まあ、この世界で一番有名な魔法使いの講習だ。

 興味がある人間には代えがたいものなのだろう。


「火が燃えるのはその物の持つ速度が上がるから。目に見えない小さな粒がぶつかり合って熱エネルギーが生まれる。それが着火の原理。つまり火の属性が無くても風、土、光で代用可能」


「なるほど。剣がぶつかり合うと火花が散るのと同じでしょうか」


「あれは摩擦が生み出す熱エネルギーだけど大体合ってる。逆に速度が極端に落ちると温度が下がって凍る。火の魔力で氷が作れるのはこれが理由」


「では闇の魔力でも同様の事が?」


「出来る。あとは、例えば周囲の精霊分布にもよるけど、風の精霊が少ないと竜巻を起こすのは難しい。だけど火を起こした際の上昇気流を使えば使用魔力の効率も上がる」


「あ、焚き火で煙が上に行くのと同じですね。それを回転させれば……」


「そう。リリアは賢い。センスもある。保有魔力量は並みだけど、すぐに中級魔法使いになれると思う」


 おぉ。ほとんど聞き飛ばしてたけど、そりゃ凄いな。王城勤めも出来るじゃないか

 中級魔法使いと言えば王城でも数人しかいないエリートだ。

 リリアには魔法の才能があるようだな。


「あと、短い呪文をトリガーにしておくと戦闘時に便利。高速振動させて剣の切れ味を上げるとか、盾に衝撃波を仕込むとか。この世界ではあまり見かけないから強みになる」


「私もアレイさんみたいになれますか?」


「亜礼さんのアレは特殊だから。魔法と言うより武術の面が強い。私より司君か亜礼さんに聞くのが良いと思う。私は遠距離砲台型魔法使いだから」

「なるほど……勉強になります」


 特殊扱いされたようだ。まあ、悪いことではないようだが。


「ちなみに、魔法使いは事前に対物や対魔の障壁を何重にも張っておくけど、これは戦闘中に集中を乱さないため。リリアさんみたいなタイプだと盾にたまに張っておくのがいいかもしれない」


「全身だと魔力の消費が激しいからですか」


「他にも、空気を肌で感じられなくなるのが大きなデメリット。回避メインなら最低限の障壁を瞬時展開した方が楽だと思う。けれど亜礼さんのアガートラームみたいなのは注意が必要。障壁貫通効果があるから止められない」


「それはまた、何というか……」


「亜礼さんだから大丈夫だけど、敵が持ってたら即退却するレベルで相性が悪いから。司君とか隼人君の方がまだマシ」


 ……いつの間にか話が変わってないか。

 まぁでも確かに、魔法使いタイプとは何かと相性がいい。

 運が良ければ魔法発動前に突っ込んで仕留める事が出来るからな。

 だが、どう考えても司や隼人の方が面倒だと思う。

 あいつら人間やめた動きするし。


「以上を踏まえて、自分なりの戦闘スタイルを構築した方がいいと思う。隼人君は強いけど、真似できるものじゃないから」

「そうですか…参考になりました」

「…………よかった、です。たくさんしゃべって、少し疲れま、した」


 お、戻ったか。昔から得意分野は饒舌になるな、アイツ。

 俺相手にもその調子で話しかけてほしいものだが、俺が魔法を理解できないからなあ。


「じゃあとりあえ、ず。亜礼さんと模擬戦してみるのも、有りだと思う、よ」

「……おい。実験台になれと?」

「亜礼さんな、ら。きっと大丈、夫」

「……リリアさんや。こう言ってるが」

「お願いします。試したいことがたくさん出来ましたので」

「そうかい。あまり気は進まないが……まあ、やるか」


 完全に巻き込まれた。

 負けそうな気がしてやりたくないのだが。

 まあ、最近訓練も疎かになっているし、丁度良いと思うしかあるまい。

 アガートラームを顕現し、少し距離を開けてリリアと向かいあった。



「では、行きます」


 若干緊張気味に宣言するリリア。

 こちらに駆け寄り様、円盾と片手剣に魔方陣を展開。

 魔法を発動させ、そのまま突っ込んでくる。

 甲高い羽音のような起動音。先程の話にあった振動剣だろうか。

 斬り下ろしを受けるのは怖いので半身になって避ける。

 普段なら円盾で追撃が来るが、それをせず剣を引き戻して距離を取った。


 盾は接触時発動の衝撃魔法だろうか。

 それならばと、自ら踏み込み円盾を狙って左拳を軽く放つ。

 当たったと同時、大槌に叩かれたような衝撃、左腕ごと弾かれた。

 予想通り。右半身を前に出すよう構えを変え、振られた剣を横から叩いて弾いた。


 しかし、これが衝撃の盾か。確かに厄介だな。

 切れ味の増した片手剣をメインに置き、円盾に弾かれて体勢を崩したところを狙う、と。

 盾で殴るだけでも大きな衝撃を与えることが出来る分、非力なリリアに向いている。

 と言うかアレ、軽い円盾で重量武器の大槌と同じ効果を出せるとか反則じゃないだろうか。

 即席の割に使いこなすのが早い。さすがリリアと言ったところか。


 しかし、やはり魔法使いはずるい。

 どちらかと言えば、言われてすぐに実行できるリリアの基礎能力値の高さの方がずるい気もするが。

 隼人の仕込みだろう。何事にも対応できるよう、上手く鍛えてある。


 ともあれ、真正面からは厳しいのは分かった。ならば、搦め手はどうだ。

 踏み込み、屈み込んで足払い。

 予想通り反応が鈍いが、脚を刈り取る寸前で跳ばれてしまう。

 そのまま回転、アッパー気味の裏拳で片手剣の柄を跳ね上げる。

 がら空きの胴を狙おうとすると、円盾が突き出された。

 だが、衝撃が来ると分かっていれば対処はできる。

 敢えて盾を殴り付け、衝撃を活かして逆回転。

 真横から円盾を掴み、そのまま引き寄せ、すれ違い様に脇腹に手甲を押し当てる。


「ふむ……まだギリギリ何とかなるな」

「……楓さん、衝撃を無効化される場合はどうしたら良いのでしょうか」

「そんな事、亜礼さんと司君くらいしか、出来ないと思う、よ」

「亜礼さんは魔法使いの天敵すぎる気がします」

「まぁ近接距離は俺の間合いだからな。剣の距離に徹した方がいいと思うぞ」


 実際、片手剣の距離で戦われたら対処しようが無いからな。

 剣を避けて踏み込もうにも盾という名の鈍器に潰されるし。

 慣れてきたら十分過ぎる戦力になるのではないだろうか。


「まぁ、もう少し練習してみるといい。隼人なら余裕を持って相手出来るだろ」

「分かりました。次は勝ってみせます」

「いや、俺はもうやらないよ。悪いが勝ち逃げさせてもらう」


 不満げなリリアに、くすくすと笑う楓。

 だが正直なところ、今のリリアは単独でオークの群れを討伐出来る程度に強いと思う。

 今まで補助程度だった魔法を上手く戦術に組み込んだ事により、大幅に戦力が上がっている。

 まだフェイントに弱い面があるものの、対魔物戦であればその欠点は薄くなる。

 もう少し色々な経験を積めたら一人前の冒険者と名乗っても良いのではないだろうか。


 と言うか。はっきり言うと、アガートラームを使用していない状態の俺より強い。

 なので、もう模擬戦はしたくない。次も同じ手が使えるとは思わないし。

 当たり前だが、勝てない勝負はしたくないからな。

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