51話:夜会
やたらと着心地の良い燕尾服に勲章入りのマント。
靴や何故か持たされているステッキに至るまで、今身に付けている全てが職人の手による逸品だ。
この一年で体型が変わっていたらと恐々した思いだったが、思いの外問題なく着る事ができた。
できてしまった訳だ。
侍女さんに髪型まで整えられてしまい、もう後戻りは出来ない。
鏡を見て確認するが、やはり似合っていない。
何と言うか、服に着られている感が凄い。
絶対知り合いに笑われるヤツだな、これ。
気まずい思いをしながらも侍女さんに礼を言って下がってもらい、小さなため息を吐く。
宴会という名の晩餐会。
貴族の社交界に着飾ったモブAが出席するという罰ゲーム。
行く前から帰りたい気持ちでいっぱいだ。
だが行かない訳にもいくまい。何せ国王直々の指名だ。
もう一度、今度は大きくため息を吐いた。
王城の大広間。普段はただ広いだけの空間に着飾ったお偉いさん方が揃っている。
立食式なので席順などを気にしなくて済むのはありがたい話だが、その分四方から雪崩れてくる挨拶の返答をしなければならないのが辛い。
普段着ならともかく、今は勲章入りマントのせいでこちらの素性が一目瞭然だ。
救国の英雄に顔を覚えてもらおうと意気込む貴族の対応は、正直かなり面倒くさい。
適当にあしらう訳にも行かないので、精一杯の作り笑顔と知る限りの宮廷言葉でお引き取り願う。
それでも引かない奴もいたが、それらはジオスさんが遠ざけてくれた。感謝である。
一通り挨拶を交わしたところで何とか解放され、飲み物を貰い壁際に移動する。
未婚と思われる貴族令嬢の視線が怖いが、気付かないふりをしておく事にする。
何というか。華やかなのは良いが、やはりこういった場所は性に合わない。
町の酒場で知り合いと馬鹿騒ぎしている方が分相応だろう。
そんな事を考えながら周囲を見渡していると、同じく燕尾服にマントを着けた京介の姿があった。
俺とは違い様になっている。流石イケメンだ。
手を上げかけたところで、いつかの司書さんと楽しげに会話をしているのに気付き、空気を読んでスルーしておく事にした。
京介はイケメンなのに特に浮いた話が無かったので、何というか、少し嬉しい気がする。絶対に口には出さないが。
早く結婚してしまえと思うのは他人事だからだろうか。
遠くの方で司達未成年組が同い年くらいの子達に囲まれている。
俺と同じく、貴族の挨拶ラッシュに巻き込まれているのだろう。
司と隼人はタキシード、対して詠歌と楓はイブニングドレスを着ている。
水色を基調とした詠歌に、深い赤がベースの楓。
四人とも良く似合っている。
対応に関しては普段通りの司、愛想笑いの隼人、完全スルーの詠歌、テンパっている楓といった風合いだ。
個性が出るものだな、と思う。
その奥にひたすら肉を食べている中性的な衣装の誠の姿が見え、思わず笑いを噛み殺した。
いつの間に王都に着いたのだろうか。何処に居ても自由な奴だ。
こちらに気付いて手を振ってきたので小さく手を振り替えしておいた。
その隣で飯を食っていた普段着姿のレオナルドもこちらに気付き、指を指して爆笑された。
失礼な奴だ。気持ちは分かるが。
そろそろ国王に挨拶を、と思い壁から離れると、後ろから背中を叩かれた。
振り替えると、オレンジ色の清楚なドレスを身に纏った女性と、ラベンダー色のドレス姿のリリアの姿があった。
リリアのドレスは胸元が大胆に開いており、一瞬向きかけた視線を反らしつつ、もう一人に目を向ける。
……よく見ると見覚えがある顔立ちと言うか、よく知ってると言うか。
「おぉ。まさか、蓮樹か?」
「……いや、他の誰に見えるのさっ!!」
「いや、見違えたと言うか。良く似合ってるな」
「ふふんっ!! もっと褒め称えてもいいよっ!!」
実際、よく似合っている。
小柄な体躯に向日葵のように。広がったスカート。
所々にレースがあしらわれており、ふわりと広がる黒髪と合わせ、どこぞのお嬢様のようにしか見えない。
とても綺麗だ。しかし、口には出さないが。
「リリアもよく似合ってるな。流石本物のお嬢様だな」
「あはは……ありがとうございます」
「む、し、す、る、なぁっ!!」
ガスガスッとヒールで足を踏まれた。メチャクチャ痛い。
「おま……ヒールは洒落にならんだろうが」
「無視するのが悪いんじゃないかなっ!!」
「……いや、真面目な話、この場で面と向かって誉められたいのかお前」
「……あう。そーれーはー……うーみゅ……」
「分かったら大人しくしとけ。折角のドレスが勿体ないだろ」
「……はぁい」
渋々と引き下がったように見えるが、耳まで赤くなっているので単なる照れ隠しだろう。
相変わらず攻められるのに弱い奴である。
面白いが、構いすぎてマジギレされても困るので程々にしておくか。
「さて、国王に挨拶を済ませなきゃならないんだが、一緒に行くか」
「あー……アタシはパスかなっ!!」
「私は後ほどご挨拶させて頂きますので」
「そうか。なら、後でな」
蓮樹の頭に手を乗せ、反撃される前に国王陛下の座る高台に向かう。
穏やかな表情の王の隣には、漆黒のドレスを着た歌音と王妃が控えている。
歌音に黒か。似合いすぎて怖いんだが、誰のチョイスなんだろうか。
などと思っていると、にっこりと牽制された。
こえぇ。何というか、俺の周りは笑顔が怖い人が多い気がする。
行きたくないなと頭をかきそうになり、セットして貰った事を思いだし、そのまま手を下げた。
「で、本命はどっちだ?」
謁見するや否や、国王より開口一番にそう訪ねられた。
何言ってるんだおっさん。
「国王陛下。何を仰られているか分かりません」
「コダマレンジュとレンブラント嬢だ。先ほど共に居ただろう」
「彼女達はどちらも旅の仲間です。そのような関係では」
「なんだ違うのか? ワシが若い頃は」
「若い頃が。どうかなさいましたか、貴方?」
王妃様、笑顔が怖いです。あと何気に歌音も怖い。
二人とも微笑んでいるのに目が氷点下だ。
「……アレイよ。そろそろ身を固めてはどうかな?」
「陛下。このような晴れの舞台です。私等ではなく相応しい方々と御歓談なさっては如何でしょうか」
要約。早く解放しろ。
「だからそう邪険にするでない。既に特定の相手がいるならともかく、そうではないのだろう?」
「大変申し訳ないのですが、私は冒険者の身です。いつ命を落とすか分からない状態で所帯を持とうとはとても」
要約。馬鹿言ってんじゃねぇ。
「ほう。だが貴族になれば問題もなかろう」
「御冗談を。私のような者が貴族になど、身に余る光栄では御座いますが、とても格が足りておりません」
要約。いい加減にしろよおっさん。
「お前のそれは変わらんな」
「はい。身の程を弁えております故」
こちらの対応を見て
身を乗り出し、小声になる。
「……救国の英雄で格が足りんと言うか。ならお前、王族にでもなるか?」
「……勘弁してくれってほんと」
「……ワシには子どもがおらんからな。何なら養子になるか?」
「……胃に穴が空くから止めてくれ」
俺が王族になったら即クーデターが発生するわ。
「ふむ……まあ、今宵は良かろう。出陣前の晩餐会だ。大いに楽しめ」
「ありがとうございます。ではまた」
「陛下、私も兄と共に参ります」
「存分に楽しむと良い」
「はい。御心遣いありがとうございます」
一礼し、その場から足早に離れる。
いい人なのだが、顔を合わせる度に縁談を持ち込もうとするのは止めてほしい。
「お兄様が国王ですか。素晴らしい国になりますね」
何気なく俺の腕を取りながら、歌音がニコリと微笑みかけてきた。
身内ながら、美人だなと思う。
これでクレイジーサイコな部分が無ければなぁ……
「お前まで勘弁してくれ。結婚なんて俺には縁が無い話だ」
「あら。私か、私の許す相手なら結婚して頂いても結構ですが」
ハードルが限界突破してないかそれ。
「それは勿論お兄様のお相手ですから、慎重に観察させて頂きますけれどね」
「条件達成する奴は既に人間ではないと思うんだが」
「あの女神は駄目ですからね?」
「くく……アレは俺も勘弁だな」
睨み付けてくる歌音につい笑ってしまう。
流石にあの女神と、なんて事は有り得ない話だ。
歌音基準だと下手をしたら同性まで嫉妬の対象になるようなので、あまり冗談に聞こえない所ではあるが。
尚、ナチュラルに自分を入れているのはスルーすべき箇所である。
拾うと面倒にしかならない。
「……なぁ歌音。お前、何を企んでるんだ?」
「いきなりですね。何の事でしょうか」
「軍義の話だ。不自然な点が幾つかあったろ」
「あぁ……あれはですね。事前に皆様には話していたのですが、お兄様が前線に立たないよう、皆で手を回した結果です。
あまり意味は無い気がしますけれどね」
「…成る程。そういう方向で来るのか」
つまりは何だ。俺が前線に出すぎないように、指揮官にしてしまえ、という事か。
そんなに信用できないか……いや、出来ないよな、そりゃ。
前科もある事だし。
「可能であれば戦場自体に立ってほしくは無いのですが、言っても聞かないでしょう?
それならば立場で縛る方が安全かと思いまして」
「あー……すまんが、俺は前線に行く事になると思うぞ」
「はい、心得ています。それでも出来ることはやっておかなければなりませんから」
「まぁ、なんだ。心配かけてすまんな」
「妹の務めですから。無事に帰らないと後追いしますよ、私」
「帰ってくるさ。約束だ」
「はい。約束です」
小指を絡ませ、指切りげんまん。
嘘を吐いたら針千本じゃ済まないだろうが、約束を守れば問題ない。
戦うのは怖い。痛いのは嫌だし、自分どころか周りが死ぬのも恐ろしい。
それでも、何も出来ないよりは余程良い。
約束をしてしまったのだ。
ならば、守らなければいけない。
例えこの身を引き換えにしようと。
約束は、果たさなければならないのだ。
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