50話:軍議
王城の会議室。
普段は全く縁が無い場所に、全身鎧で正装して座っている。
重いし、暑い。さっさと脱ぎたいところだが、そういう訳にもいかないだろう。
この場に居るのが仲間達だけならば既に脱ぎ捨てているだろうが。
「では、簡易的ながら軍議を始めます」
普段より硬めの歌音の声。緊張しているのか、場に合わせているのか。後者だろうな、と何となく思う。
見渡すと見知った顔ばかり並んでいる。
昔世話になった冒険者や、歌音、蓮樹、副騎士団長、司、隼人。
上座には気前の良い髭のおっさん……もとい、この国王陛下の姿。
ユークリア王国初代国王、ユークリア・ミルトセイヴァン
それまで散り散りだった諸国を一つの国として纏めあげた偉人。
人柄が良く、武勇に優れ、叡智を兼ね揃えている。
正に王と呼ぶに相応しい存在だ。
普段は気の良いおっさんにしか見えないんだけどなぁ。
さて、ゲルニカに攻め込む際の事前打合せだが。軍議とは名ばかりの説明会である。
「今回は人間族の総力戦となります。
当日の流れとしては、英雄の一人、水無月楓の転移魔法によりゲルニカに進行。
騎士団、国軍兵、冒険者と傭兵の混合部隊の順に転移、
最前線に残された砦で展開した後、旧魔王城に攻め込む事になります。
また、騎士団の指揮は副騎士団長のジオス、国軍の指揮は私が担当します。
混合部隊の指揮官は一名指定してください。特にいない場合は葛城亜礼を指揮官とします」
おっと? 指揮官の話は聞いてないんだが。
俺は遊撃じゃなかったのかと目線で疑問を投げると、一瞬口許を緩める国王。
アンタの仕業か。ちくしょう、嵌められた。
「進軍時、児玉蓮樹、遠野司両名を最前線に配置。早坂詠歌と水無月楓両名が援護に当たります。
旧魔王城に到着後、先の四名が四天王アイシアを討伐します。
私達の仕事は討ち漏らした敵の処理と考えてください」
難しい話をしているように聞こえるが、早い話が蓮樹と司を突っ込ませて、討ち漏らしを詠歌と楓が潰す、と。
効率的ではあるが、今まで行った事がない作戦だ。
問題はないだろうが、何か違和感を覚える。
「また、今回は予想外の事態が発生する可能性が非常に高いです。
乱戦になった場合、ご自身の命を最優先としてください。これは国王命令です」
つまり、何かあったら逃げろと。
それでいいのかとは思うが、司と蓮樹が対処出来ない問題を一般人が対処するのは難しいだろうしな。
確かにそうするのがベストだろう。
「ちょっといいか? 今回の召集理由が知りたい。俺達は何で呼ばれたんだ?」
軍議に呼ばれていた冒険者が手を挙げた。
違和感の理由はここだ。
英雄達が前に出るなら他の連中は居ても仕方がない。
英雄一人だけで、ドラゴンを倒せる上級者パーティー十組分以上の戦力になる。
だからこそ、十人という少数人で魔王達と戦えたのだから。
「はい。正直な話をしてしまうと、私含む兵団全て、足止めでしかありません。
主要部隊が戦線から下がる際、穴を埋めるのが私達の仕事です」
分からない話をではないが……何だろう、全体的に違和感を覚える。
戦闘が長時間に渡れば腹も減るし眠気も出てくるだろうが、アイツらがそんなに手間取る相手がいるのだろうか。
相手がアイシアなら有り得るかもしれないが、その場合でも司と蓮樹なら逃げ切ることは可能だし、他の連中がいる意味は無い。
何か、別の目的でもあるのだろうか。後で歌音に聞いておこう。
「……なるほど。ひとまず了解した」
顔見知りの冒険者がこちらを見ながら頷く。
歌音の説明に納得いったようだが。
……まぁ、あいつとも後で話す機会はあるだろうし、今はいいか。
「補給や兵站に関しては後詰めの部隊を立花寺誠が率いる予定です。
以上ですが、何も質問が無ければ軍議を終わります」
「うむ。ご苦労だったな。皆もしばらくはゆっくりしていってくれ。滞在中の寝食はワシが保証しよう。
また、今晩は宴会を準備しておる。大広間に来ておくれ」
おお、さすが国王。太っ腹だな。ちょうど良い、その時に細かい話を詰めるとするか。
バラバラと去っていく皆を眺め、今夜の予定を立てていると、国王陛下からちょいちょいと手招きされた。
何となく嫌な予感がしながらも、無視する訳にはいかず、渋々と傍に行く。
「アレイ。お前は正装で強制参加だからな?」
「……陛下、私などには過ぎた場です。此度は遠慮させていただきたく」
「国王命令だ。拒否は許さん」
にっこりと威圧してくる国王。
周りに身内しかいないのを確認し、素に戻る事にした。
「おいおっさん、何を企んでやがる」
「アレイ……お前、戻ってきた挨拶も無しにそれか」
「あ。すまん、忘れてた」
「お前な、ワシ国王だぞ。
あといい加減嫁を貰って貴族になれ。今日は貴族連中も来るからな」
「またそれかよ……まだ結婚する気はないぞ」
「とにかく今日は正装で来い。鎧じゃなくていいから」
「へいへい……了解しましたよ、国王陛下」
結局、権力に逆らえる訳がないのだ。
見せ付けるようにして、大きなため息を吐いた。
会議室を出てその足で訓練場へ向かうと、予想通りに見覚えのある姿があった。
冒険者のレオナルド、それに、副騎士団長のジオスさん。
どちらも筋肉質なので、この二人が並んでいると威圧感が凄い。
「おう、久しぶりだな。元気にしてたか」
「薬草取りのアレイ……お前、カツラギアレイだったのかよ。すっかり騙されたぜ」
「そう睨むなって。何も嘘は吐いてないだろ」
「そりゃそうだが……納得行かねえ」
「今度酒でも奢るから勘弁してくれ」
予想通りの反応に苦笑いを返す。
レオナルドには少し前に滞在したギルドで色々良くしてもらった。
口は悪いが面倒見が良く、目下の奴らに慕われていた筈だ。
こんな所で再開するとは俺も思っていなかった。
俺は良く知らないが、実は高名な冒険者なのかもしれない。
「アレイさん、お久しぶりです。中々挨拶に行けず申し訳ない」
「いえ、こちらこそ挨拶に行けずすみません。蓮樹が世話になってます」
「はは……騎士団長は自由な方ですから」
「本当にすみません。今度差し入れ持っていきます」
「いいですね。また一緒に飲みましょう」
出来ることなら執務を手伝いたいが、さすがにそんな専門的なことは分からない。
俺に出来るのは精々ストレス発散に一緒に酒を飲むことくらいだろう。
「……おい、えらく扱いが違わないか?」
「そりゃお前、ジオスさんは王立騎士団の副団長だからな」
「いやいや、私なんてただの雑用ですよ。アレイさんに比べたら雑兵もいいところです」
「とんでもない。貴方が居なければ騎士団は壊滅していますよ。俺には真似も出来そうにない」
「ははは、そう言って貰えると励みになりますな」
朗らかに笑うロマンスグレー。
美形では無いのだが、雰囲気がイケメンすぎる。
前騎士団長が戦死した後、壊滅状態だった騎士団を実質的に立て直した人だ。
周囲からの信頼も厚く、蓮樹ですら口には出さないが尊敬しているらしい。
「で、レオナルド。混合部隊の代表はお前でいいんだよな?」
「まさか。ガラじゃねえよ、俺は。英雄様にこそちょうど良い立ち位置だろ」
「おいおい、マジかお前」
「マジも大マジだ。全体を見るより前衛にいる方が性にあってる」
「……わかった。だが、何かあったらすぐに退いてくれよ」
「そこは任せとけ。全力で逃げるからよ」
ぐっと握り拳を突き出すレオナルド。
握り拳を当て返し、お互いニヤリと笑う。
絶対に生き残れる保証などない。
だからこそ、こうやって約束を交わすのだ。
約束は、重い。必ず果たさなければならないものだ。
だからこそ敢えて約束を交わす。必ず生きて帰るために。
今度こそ、誰も死ななくて済むように。
「ジオスさんも。生きて帰ってまた酒を飲みましょう」
「酒の肴は私が用意しましょう。良い燻製肉が手に入ったのです」
「そりゃあいい。是非お願いします。酒は俺が用意しますよ」
「それは楽しみですな。何がなんでも生き残らねば」
「はい。ぶっ潰してやりましょう」
ゴツン、と重たい音をたてた拳をぶつけ合う。
また旨い酒を仲間達と。
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