48話:神穿鉄杭(ディーサイドバンカー)
さて。しばらく静養しろと言われても不調な箇所が特にある訳では無く、むしろ暇を持て余している状態だ。
普段から空いた時間には何かしらの訓練をしていたので、暇な時間を潰す方法が分からなかったりする。
なので、京介を誘って朝の訓練を見学しに行ってみた。
今は隼人とリリアが打ち合っており、それを体を伸ばしながら観戦しているのだが、この打ち合いが中々面白い。
リリアの訓練を頼んだ当初は剣撃を受けるだけだった隼人が、今日は打ち返す場面が多い。
それだけリリアの腕が上がったのだろう。
実際、端から見ただけで円盾の使い方が更に上手くなっているのが分かる。
それに、リリアは隼人の技術をよく引き継いでいる。
特に脚捌きが顕著だ。間合いの取り方が非常に上手くなっている。
今やったら負けるかもしれないな、俺。
リリアに後で手合わせしたいとか言っていたが、何とか断れないものかね。
「…亜礼さん、そろそろいい?」
「おう、構わんが……意味あるのかこれ」
「…見てみたい」
「そうか。じゃあ、やるか」
的を用意し、アガートラームを装着する。
「行くぞ」
アガートラームを起動。
地面を踏み込み、生まれた力を足先から膝、太腿、腰へ流す。
腰の回転で力を加速させ、さらに背中から肩へと勢いを廻す。
肩を回し、再度加速した力を魔力と混ぜ合わせ、右腕へ。
更にブースターを稼働。流れる力に推進力を上乗せする。
ーーー『
高めの位置に置いた的に鉄杭が触れた瞬間、力の奔流が放出され、金属製の的が消し飛んだ。
……えぇ。跡形も残っていないんだが
「……うん。まぁ、こんな感じだ。自分でも少し引いてるが」
「…大体分かった。亜礼さんはだいぶ頭がおかしい」
「言うな。分かってるから」
踏み込みからの力の流れ、魔力、推進力を噛み合わせ、アガートラームの障壁貫通効果を付与した一撃。
どう考えても人に向けて良いものではない。
アイシアに放った際は左腕が無く力が逸れていた為、放出出来なかった力で右肩が弾け飛んだのだろう。
思い返すと今ほどの威力も無かった気がする。
何にせよ、こんなものを受けて死ななかったのか、アイツ。
やっぱり化け物だな。
「しかしまぁ……以前はここまで酷いものじゃ無かったんだが」
「…アガートラームの性能が上がった?」
「あぁ、そう言えばそうだな。それで威力が増したのか」
「…人間卒業おめでとう」
「……おい待て、俺自身は一般人だ」
「…一般人の反応があれだよ」
促されて見ると、苦笑いの隼人と立ち竦んでいるリリア。
リリアに関しては若干腰が引けているようだ。
いや違うから。アガートラームがチートなだけで、俺が凄い訳じゃないから。
……いや、勘違いしてもらった方が手合わせせずに済むか?
「とりあえず、僕は帰っても大丈夫でしょうか。仕事の時間なので」
「ああ、付き合わせて悪かったな。今度、蔵書庫での話も聞かせてくれ」
「お断りします。ではまた」
「おう、頑張れよ」
適当に手を振って見送る。
保険で来てもらっていたが、無事に済んで何よりだ。
プライベートの進捗に関しては酒でも飲みながら聞かせてもらおう。
さて、とりあえず。
こちらを見て絶望感に浸っているリリアに、手合わせの中止を申し入れるとしようか。
結局、隼人の「まあ今回はええやん」の一言で俺と半泣きのリリアとの組み手は無くなった。
その際のリリアの喜び方が凄まじく、地味に傷ついた俺である。
いやまぁ、回避出来て良かったんだが……何かこう、釈然としない。
とりあえずアガートラームを魔力に戻し、隼人とリリアの打ち合いを観戦しようとしたところ。
「おおっ!! 朝練かなっ!? アタシもまーぜーてっ!!」
暇をもて余した蓮樹に絡まれた。
「お前、そろそろ仕事しないと副団長が泣くぞ」
「書類仕事をアタシに持ってくるのが間違いだと思うんだよねっ!!」
「……まぁ、たまには書類仕事しとけよ?」
「無駄な労力は使わない方が良くないかなっ!?」
「自分で言うか……で、隼人とやるのか?」
「たまには運動しとかないとねっ!!」
びしっと剣先を隼人に向ける。
顔が引き連る隼人に、胸を撫で下ろすリリア。
安心しろ、リリアにいきなり襲いかかる事は無いから。
「あー……まぁええけど。加減してくれな?」
「おっけえっ!!」
「じゃあ、ほいっと」
気の抜けた掛け声に合わせ、袈裟斬りに振られる片手剣。
それが振りきられる前に、鋭い音と共に剣が元の高さまで跳ね上がった。
……何だ、今の。蓮樹が何かやったのか?
「一応これ訓練だからねっ!! あんまし緩いのはダメだよっ!?」
「お、おう……何でそんなやる気なんや?」
「にははっ!! ちょっとお仕置かなっ!! じゃあ、行くよっ!?」
瞬間、蓮樹の姿がぶれた。
ギィン、と金属の噛み合う音。
隼人の片手剣が蓮樹の刀と鍔迫り合いしている。
……今の、全く見えなかったんだが。良く反応したな隼人。
「ちょっ!? あっぶなぁ!!!!」
「おぉ。よく防いだね今の。見えてた?」
「見えるかアホォ!!!!」
「あらま、そっかぁ……じゃあ、もう一回ね?」
タタン、と地を蹴る音が聞こえた。
次に見えたのは両断された片手剣と折れた太刀。
遅れて、ガキンッ、と金属音が鳴り響く。
「え、ちょ、はあっ!!!?」
「ありゃ、折れちったねっ!! やっぱり訓練用は脆いねっ!!」
ぽい、と柄を投げ捨て、ぷらぷらと手を振る。
その蓮樹の脇の下に手を入れて持ち上げた。
ぶらーんとされるがままに揺れる。猫みたいだなコイツ。
「お前、何がしたいんだ?」
「…………えぇと、ごめんなさい?」
「よく分からんが謝る相手が違うだろ」
「そだねっ!! ごめんねハヤト君っ!!」
「お、おう……堪忍してやぁ。心臓に悪いわー」
ぶらんぶらんと揺れる蓮樹に、胸を押さえて苦笑いする隼人。
「で、なんなんだ」
「にゃんだろねっ!! ついつい昂っちゃいましてっ!!」
お前はどこの戦闘民族だ。
と言うか、それなら司とやるべきだと思うんだが。
武器を持ってたから隼人が対象になったのだろうか。
……アガートラーム、戻しておいてよかったなぁ。
「とりあえず降ろしてくれないかなっ!! そろそろ落ち着いたしっ!!」
「……ほぉら、高い高ーい」
「わーいたかーいとりゃあっ!!」
「あいたぁっ!?」
調子に載って遊んでたら
いや、今のは俺が悪いのだが。
蓮樹を右肩に担ぎ直し、額に手を当てる。
「ちょっとこれは女の子に対する扱いじゃなくないかなっ!?」
「おう、悪いな。だがもう少しお
「そこは無理だと思うなっ!! とりあえずそろそろ戻るねっ!!」
「おう。あんまり人様に迷惑かけんなよ?」
「はーいっ!! んじゃ、また後でねっ!!」
ぐるんと回って着地し、ぶんぶんと手を振って去っていった。
本気で何をしたかったのかよく分からない。
「……なんやろうなあ。俺、何かしたかなー」
「…ああ、なるほど。リリアさんか」
「リリア? あぁ、なるほど」
よくよく思い返してみると、半泣きのリリアに、片手剣を突き付ける隼人、という様子だった訳だ。
蓮樹の事だ、何か盛大な勘違いをしたのだろう。
せめて先に話を聞いてほしいものだ。
「あー……今度、俺からも言っておく」
「……おー。頼むわー」
がっくり肩を落とす隼人に苦笑いを向ける。
アイツも悪い奴じゃないんだがなあ。
中々に扱いが難しいもんだな。
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