2話:始まりの日
一週間前の朝、安宿のベッドと共に背骨を軋ませながら伸びを一つ。
ベッドが硬いせいか、歳のせいか。パキリと心地よい音がした。
昨晩遅くまで酒を飲んでいたせいか、少だけ頭が重い。
(昔は徹夜が当たり前だったのにな……)
小さくため息を吐いた。
まあ、旅をしている最中は深酒はおろか、飲酒自体が宿に泊まった時だけだったが。
(流石にあの頃は、そんな余裕なんて無かったが)
宿の部屋を出る前に鏡を見ると、何とも冴えない男の姿があった。
この世界では珍しい黒髪黒眼。だが頭は寝癖でボサボサだし、無精髭も生えている。
猫背気味なのもあって、全く冴えない。
(……まぁ、今更見た目なんて気にならんがな)
この世界に召喚されてから年月が経った今、立派なおっさんである。まだ二十代だけど。
まぁ別に気にならないし、自分の容姿なんてどうでも良いんだがな。
眠気の残る頭を振りながら、朝飯の前に宿の隣にある冒険者ギルドに向かう。
いつも通り、普通なら新人冒険者が受ける薬草の採取依頼を受ける為だ。
(いい加減、何か言われるかも知れんな。もう二ヶ月は魔物の討伐依頼受けてないし)
冒険者は基本的に何をするにも自己責任だが、冒険者ギルドからしたら中堅冒険者の俺には魔物の討伐依頼を受けさせたい所だろう。
だが、無理をするつもりは無い。ここはいつも通り無難に済ませておきたいところだ。
そんな事を考えていると、受付の美人職員に睨まれてしまった。
「おはようございますアレイさん。良い天気ですね」
「あぁ、うん……おはようさん」
うわ、超笑顔なのに目だけ笑ってねぇんだけど。
獲物を前にした肉食獣みたいだな……いや、こえぇよ。
「昨日もお伝えしましたが、討伐依頼が溜まってるんです。いい加減受けてください」
「いや、俺は
討伐依頼とか危ないじゃないか。出来ればいつも通り、薬草採取だけで終わらせたい。
「ダメです。常駐依頼とはいえ、討伐依頼が消化されないとギルドも困るんです」
「えぇ……他に受けるやついないのか?」
「いません。今日こそは受けてもらいますからね」
にこやかに睨んでくる職員に対して溜息を一つ。今日は見逃して貰えそうにないな。仕方ない、受けるとするか。
討伐依頼書の束をパラパラと
あいつらは群れると危険だが、視界の開けた街道なら囲まれる前に一匹ずつ片付ければ問題ない。
依頼書を一枚千切って懐に入れると、ようやく冷たい目線から解放された。
(心臓に悪いから止めて欲しいんだが)
「あ、そうだ。ちょっとお願いがあるんですけど」
こちらの手を握り、花が咲くようににっこりと笑う。
なんだよ、いきなり。ちょっと嬉しいが、嫌な予感がする。
「アレイさん、ついでに王都への護衛依頼、受けてくれませんか?」
「はあ? いや、頼む相手間違ってるだろ、それ」
自分で言うのもなんだが、俺なんかより余程頼れるベテランパーティがいるだろうに。
「実は今、手が空いてるパーティがいないんですよ……お願いします」
「……はいよ。とりあえず、ゴブリン行ってくるわ」
ひらひらと適当に手を降ってその場から逃げる事にした。
でもまぁ。誰かが困っていて、自分に助けられる力がある。
となればもう、引き受けるしかないよなぁ。
正にあの女性職員の思惑通りである。
やれやれと首に手を当てて関節を鳴らし、本日のお勤めを果たすため、ギルドのドアを出た。
街道に出て、装着した手甲の握りを確認。脚甲や革鎧も問題なし。
俺も剣なんかが使えたら格好良かったのだろうが、こちとら平和な国に生まれ育った元一般人だ。
当たり前ながら剣を使う技術など持っておらず、殴る蹴るといった原始的な戦い方しか出来ない。
ついでに元王国騎士団長によれば、俺は剣や槍の取り扱いに関して壊滅的に才能が無いらしい。
全くもって、どうしようもない話だ。と言うか、昔の仲間たちが色々規格外なのだと思う。
(まぁ、あいつらは存在自体が
三年前、ほとんど顔も知らない十人の男女が日本という異世界から召喚された。
女神は言った。魔王を倒して世界を救って欲しいと。
代わりに、特別な力を授けると。
様々な才能を持つ、天才たちの集団。
その時に紛れ込んでいた一般人が
世界を旅して周り、色々と無茶しまくり、主に俺が死にかけながらも。
長旅の末、俺たちは『魔王』を倒した。
それからまた色々あって、俺達はこの世界、アースフィアに残る事になった。と言うか、女神が戻り方を知らなかった訳だが……まあ、そこは割愛しておこう。
思い出しても腹が立つだけだし。
当時、個性派すぎる面々が集まられたパーティーで、どうなる事かと悩んでいたのは公然の秘密である。
少しだけ、あの旅路が懐かしいと感じるが、二度はごめんだ。
(あんな旅は俺には荷が重すぎるしな)
さておき。今回は魔王なんて大物ではなく、街道沿いに沸いたゴブリンの退治だ。
油断をせずに堅実に行けば大丈夫だろう。
人は簡単に死ぬ。この世界ではそれが特に顕著だ。だからこそ安全第一。死んでしまっては元も子もない。
ぶっちゃけ今すぐ町に帰りたいが、生憎と手持ちの金が底を尽きかけている。討伐依頼しか受けられないのなら、それをやるしかない。
(世知辛い世の中だな)
ため息を吐いた時。やや遠くから馬の嘶きと、金属が弾け合う音が聞こえてきた。
あー。これはあれかね。商人か旅人が、盗賊だか魔物だかに襲われたか。
何にせよ、聞いてしまったものは仕方ない。
気は乗らないし怖いが、一先ず様子を見に行ってみるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます