3話:出会い


 木々が乱立している街道を逸れてしばらく走ると、街道際の森の中に音の発生源があった。

 荷馬車を守るようにして女性が一人、長剣を構えている

 連れは逃げたのか、それとも一人旅なのか。どちらにせよ、見える範囲に人はいない。


 そして、彼女を取り囲むように緑色の小柄な魔物が三匹。

 背が低く、鼻と耳が異様にデカい緑色の魔物達。

 見間違いようもない。ゴブリンだ。

 ニタニタ笑いながら取り囲み、しかしすぐに襲う気配はない。


(こいつら、獲物で遊んでやがる)


 旅の間に何度も見た、ヘドが出る光景。苛立ちと義務感が頭をよぎる。


 俺は英雄なんて柄じゃない。ただの一般人だ。

 けれど、引けない理由が出来てしまった。ならばもう、突き進むしかない。


 手頃な小石を広い上げ、軽く放って重さを確認。

 木陰から飛び出して距離を詰めつつ、投擲した。運良く一番奥のゴブリンの左目を潰したのを確認しつつ、目の前に迫った別の個体の腹を蹴り飛ばす。

 転倒したゴブリンの驚愕した顔をボールのように蹴り飛ばしてトドメを刺した。


(よし、これなら殺れるな)


 仲間をやられて怒りの表情を浮かべながら、錆びた剣をデタラメに振り回すゴブリン。その大振りの一撃を手甲で受け流し、側頭部を横殴りにする。ふらついたところに頭を掴んで近くの大岩に叩きつけると、醜い断末魔を上げた後、びくりと痙攣して動かなくった。

 最後は目を潰されて喧しく叫んでいるヤツの足を払い、首を全力で踏み付ける。ぐきり、と嫌な音を立て。やがて、静かになった。


 警戒を解かずに周囲を見渡すが、他に魔物はいないようだ。


 荒れる動悸を沈めながら、ふとさっきの女性の事を思い出す。

 そちらを見ると、地べたに座り込んでポカンとした表情でこちらを見上げていた。

 いや、女性と言うよりは少女だな。


 栗色の綺麗な長い髪に同色の瞳。

 新品のブラウスの上に当てられた金属製の胸当て、上質な素材のスカートを身につけ、身の丈に合わない長剣を持っている。

 日焼けしてない白い肌、華奢な体躯。

 冒険者の女性というには、少しばかり違和感を覚える。


「大丈夫か?」

「え、あ……はい」


 構えた剣先がカタカタと震えている。余程怖かったのだろう。


「ならいいが。街道を行く時でも護衛を雇うべきだ。小さな油断で簡単に死ぬ事になるからな」


 死ぬ、という単語に反応した少女は地面にへたりこんで、嗚咽も漏らさずにぼろぼろと泣き出してしまった。

 緊張が解け、死の直前にあった実感が戻ったのだろう。

 とりあえず、落ち着くまで待つことにするか。



 待つ間、倒したゴブリン三匹の犬歯を手持ちのナイフ切り取る。倒した証拠、討伐部位だ。これが無いとギルドで完了報告をしても報酬が貰えない。


(しかしまぁ、俺も慣れてしまったものだな)


 その事に小さくため息を吐きながら、往来の邪魔にならないように街道から外れた場所に死骸を運んだ。


(さてと。やる事も終わってしまった訳だが)


 この気まずい空気をどうしたものか。

 ちらと見やると、少女は目元が潤んではいるものの、既に泣き止みんでいた。

 位置関係上、胸元の谷間が見えてしまい、何気なく視線を反らす。


「あー……落ち着いたか?」

「はい。お見苦しいところをお見せしました」


 不安げに愛想笑いをする少女に、苦笑いを返す。思ったより気丈なようだ。


「とりあえず、町まで送ろう。無事な荷物はあるか?」

「あ、あの。私も冒険者なので、荷物は手持ちだけなんです」


 冒険者? この子が?

 そうは見えないんだが。


「今回が初依頼だったのですが、町に着く前に襲われてしまいまして……」

「あぁ……なるほどな」


 つまり、手紙の配達依頼なんかの簡単な依頼を受けた、訳ありお嬢様と言ったところか。

 などと考えた所で、互いに自己紹介すら済ませていない事に気づいた。


「あぁ、悪い。俺はアレイ、冒険者だ」

「リリア・レンブラントと申します。助けて頂いてありがとうございます!」


 リリア・レンブラント。

 平民は家名を持てないこの国で、家名持ちということは、貴族のお嬢様か。

 ああ、くそ。やっぱり厄介事の気配がする。


「たまたま上手くいっただけだ。同じ事を二度は出来ない自信がある」

「それでも! 私にとっては命の恩人です!」


 いや、そんなキラキラした目で見られても困るんだが。

 だめだ。どうにも調子が狂う。

 生真面目というか何というか、こういうのは苦手だ。


「とにかく町に戻るか」

「はい、よろしくお願いします」


 調子が狂うのは相性の問題か、過去の負い目がそうさせるのか。

 実際のところ、もう少し適当な方が俺らしいとは思うのだが。


「あの……アレイさんは、冒険者になって長いんですか?」


 唐突にそんな事を聞かれた。頬が赤く染まり、少し興奮気味なようだ。つい先程死にかけたにしては気軽と言うか……切り替えが早いな。


「いや、まだ一年くらいだな。中堅に入るかどうかって程度だ」

「一年であれ程お強いんですね」

「……師匠がスパルタでな。無理矢理叩き込まれたんだよ」


 あれは正に命懸けの日々だった。

 何せ世界最強の人物に訓練して貰ってたからな。毎日がサバイバルだった。二度とやりたくない。


 余談だが、俺の戦闘力は仲間内でダントツに低い。

 武器が使えず、魔法も初歩的な物が少々。

 後はがむしゃらに詰め込んだ知識と命懸けで培った経験で、何とか今の生活を成り立たせている。


 いやまあ、俺がおかしな加護を女神に願ったせいでもあるんだが。


「まぁ、あれだ。生きてりゃなんとかなるもんだ」

「そういうものですか?」


 こてんと小首を傾げるリリア。妙に様になっていて可愛らしい。


「あぁ。まずは生き延びないと話にならないからな。どんな時でも、命を大事にしなきゃならない」


 ぶっちゃけた話、冒険者なんて危ない仕事はさっさと引退したいのだが、何せ俺は身分を証明出来る物なんて何も持っていない。

 当たり前の話だが、そんな怪しい男を雇ってくれる所なんて何処にもないので、こうやって冒険者を続けている訳だ。


「……とにかく町に急ぐか。見晴らしは良いが危険が無い訳じゃないしな」


 油断大敵。俺みたいに弱いやつは警戒しすぎるくらいで丁度良い。

 連れもいる事だし、いつもより慎重に行くとしようか。

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