アンナの選択


 キールに前世の記憶があること、そして、神様とのやりとりをアンナは話した。神様に他言無用と言われていたわけではない。ただ、話したところで誰にも信じてもらえないと思っていたから、他人に話したのはこれが初めてだ。

 でも、キールには知っておいてもらいたいと思った。


「じゃあ、あのシロと名乗っていたのが、アンナを転生させた神様ってことか?」

「そうです。私も姿を見たのは初めてですが、口調からしても間違いありません」

「校長が、アンナは異世界の香りがすると言っていたが、なるほど、納得だな」


 え、あっさり納得してくれた。しかも、なんか校長先生はすでに勘づいてたみたいだし。


「それで、アンナはこれからどうするつもりだ?」

「この世界での成人、つまり十八歳が神様と決めた期限なのです。この期限までに神様が用意した殿方の求婚から逃げ切れば、私は聖女となって成功できることになっています」


 そうだ。あと1年なんとか凌げば、聖女となって出世も約束されている。

 でも……それでいいのだろうか?


 アンナはキールを見た。不安げにアンナの言葉の続きを待っている。


「私はずっと聖女を目指してきました。神様との約束があったので、殿方に捕まりさえしなければ、成功が約束されていたので、それはもう必死に逃げておりました」

「アンナは、男子生徒が近寄るのを怖がっているように見えた裏には、神様とのやりとりがあったんだな」

「はい。神様は、私の幸せには殿方との結婚が最善だと思ってるようで、成人が間近に迫ってきている今、手当たり次第に殿方を私の前に連れてくるのです。正直、もうありがた迷惑すぎて……。ただでさえ、殿方に対しては嫌な思い出が多いので」

「は? 嫌な思い出が多い?? アンナ、何かされたのか!」


 必死の形相で、キールが詰め寄ってきた。


 近い、近い、近い。

 綺麗なお顔が近すぎますぅ!

 心臓が持たないので、少し距離を置いていただきたい。


 アンナは、そっとキールを押し返すと、キールも我に返ったように、しゅんとうなだれる。


「すまない。怖がらせた。だが、アンナが傷つけられたのかと思うと、どうしても我慢ならなくて」

「いえ、この世界では適度な距離を保っていたので大丈夫です。いろいろあったのは、前世でのことですから、今は関係ありませんわ」


 まぁ、今世でも大量に言い寄られすぎてげっそりしているが。


「前世で……?」

「えぇ、信じていた殿方に、裏切られたのです。その記憶があるので、どうしても、殿方からアプローチされても、身構えてしまうと言いますか」


 キールも思い当たる節があるのか、なるほどとつぶやきながら頷いていた。


「俺はアンナを裏切ったりなどしない、と口でいうだけなら誰でも出来る。形として指輪を贈ったとして、行動が伴っていなければ意味が無い。だけど今の俺は、アンナが大切で、一緒にいたいという、この気持ちを伝えるしか出来ないんだ。王子とはいえまだ学生の身分で、自らの力で何かを成し遂げたこともない未熟者だから」


 キールは自分の立場を冷静にとらえている。気持ちに踊らされて、無責任に任せろといいたいところを、正直に力が無いのだと話してくれる。


 キールは、どこまで良い男なのだろうか。


 アンナは泣きそうな気持ちになっていた。


 前世で出会った男性達は、皆、自分を必要以上に偉く見せたがった。杏奈の不得意な部分は指摘するくせに、自分の弱いところは隠していた。

 もちろん、美徳といえなくもない。好きな相手には良く思われたいのは杏奈だって同じだ。でも、出来ないのに出来ると言い切り、結果、出来なくて気まずくなり破局するくらいだったら、正直に最初から出来ない姿を見せて欲しかった。情けないなんて思わないから。だって、杏奈だって完璧とはほど遠い人間だった。


 キールは、ちゃんと出来ることと出来ないことが、見えている。その上で、どうしたらよいのだろうかと最善を考えてくれている。


 あぁ、前世の杏奈。つらい死に際だったけど、転生したら、もったいないくらいの相手に出会えたよ。


 キールは神様ボーナスで現われたわけじゃないけど、もし、神様の縁で出会っていたとしても、もうそんなことは関係ないのだと思う。


 人生に、決められた道があることがおかしいのだ。


 いろいろ悩み、苦しみながら選択し、その後ろに歩いてきた道が出来る。

 それでいいのだ。

 いや、それがいいのだ。

 それが生きるということなのだ。

 決められた人生なんて、なんでも選択出来る時代に逆行している。



 欲しいって言いだしたのは自分なんだけど、それは本当に申し訳ないんだけど、

 神様ボーナスは、やっぱり要らないと思うんだ。

 

 だから、神様に熨斗のしつけて返すって決めた!


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