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「キール殿下。私は神様、いえシロと話をつけます!」


 アンナは決意を胸に、立ち上がる。


「あのシロとかいう神様、意見を聞いてくれるのか? 他人の意見を聞かなさそうな印象だったが……」


 キールが心配そうにしてくれている。まあ、かなり押しが強いのは確かだ。

 でも、心配してくれる気持ちだけ受け取っておく。

 これは、アンナが決着をつけなくてはならないことだから。


***********************


 シロがいたところにキールと一緒に戻ると、大聖女がシロと対峙していた。今にも戦いが始まってしまうのではという緊迫感が漂っている。


「大聖女様!」


 アンナの個人的なことで、大聖女に迷惑をかけるわけにはいかないと、慌てて駆け寄る。


「アンナ嬢。無事だったか。キールがいるから大丈夫だとは思っていたが良かった。それで、こいつは何なんだ? この世界のものではないだろう」


 大聖女は魔杖を構えて、ぴりぴりした様子で聞いていた。


 大聖女ともなると分かるものなのか、とアンナは驚く。


「嫌だなぁ。僕はこの世界に害を与えるつもりはないよ。ただ、いつも上から見守っていたアンナちゃんに直接会いに来ただけ」


 にっこりと笑うシロ。


 えぇ……シロがストーカーみたいなこと言ってる。まぁ神様の立ち位置的には間違っちゃいないんだろうけど。


「アンナ嬢にまとわりつく異世界の色は、お前が原因だな。私は大聖女として、この国の民を守る責任がある。アンナ嬢を開放し、さっさと元いた場所に去れ」


 険しい表情で、大聖女が言い放つ。


「お待ちください、大聖女様。私に、話をさせてください」

「だが、こいつは只者じゃない。まだ学生のアンナ嬢では――――」

「大丈夫です。自分でけりをつけたいのです」

「……わかった」


 大聖女は、アンナの真剣さをくみ取って、魔杖を下ろしてくれた。


「アンナちゃん。こうやって面と向かって話すのは初めてだね。でも、いつも見ていたからそんな感じしないや」


 シロが朗らかに笑う。

 シロは神様として、私に良かれと思って行動しているのだ。でも、やはり永遠を生きる神と、寿命のある人間では、どうしても感覚のずれが出てきてしまう。

 そう、もうアンナにはそのずれが許容範囲をこえているのだ。


「シロ、まずは長い間見守ってくれてありがとうございます。シロとの約束があったから、がむしゃらに頑張ってこれたと思う」


 うん、これは本当にそう思う。

 じゃなかったら、女子生徒初の首席だなんて取れなかった。必死で勉強に打ち込み、普段の生活も生徒の模範となるべく頑張れたのは、自分の未来が約束されていると分かっていたから。

 普通は、叶うかも分からない未来に不安になり、迷って、挙げ句は諦めてしまうことも多いと思う。


「嬉しいな。そんな風に思ってくれていたなんて」

「はい。ですが、もう、私はこの世界で生きていることだけで満足です」

「それは……どういう意味かな?」


 シロが首を傾げた。笑顔のままだが、目が笑っていないような気がする。


「もう、ボーナスは必要ないと言うことです」

「何故? これは、僕の誠意なのに断るっていうの? そもそも欲しがったのはアンナちゃんの方じゃないか」


 うっ、もっともなところを突かれた。


「確かにその通りで、勝手だと思われるのも承知の上です」

「へぇ、確実に叶うものが目の前にあるのに、それを手放すんだ。一回手放したら、もう元には戻してあげないよ?」

「はい。覚悟しています」

「これから何が起こるか分からない。結婚できないかもしれないし、聖女にもなれないかも。全く望まない未来が訪れてもいいの?」

「怖いですけど……今はそれで良いのだと思っています。だって『みんな』そうなんですから。私も同じように、自分の未来には自分で責任を持ちます。シロに責任を投げません」


 アンナは言い切り、まっすぐにシロを見つめる。


 すると、シロは目を見開き、しばらく固まってしまった。やっと動いたかと思うと、やれやれと言った様子で肩をすくめる。


「……僕に、責任を投げない、か。不信心にも程があるね。でも、その意見は気に入った。まぁ思い切りのいいアンナちゃんらしい結論かもね」


『にゃ! 神様が引いたニャ!!』


 成り行きを見守っていたクロが、ジャンプしてアンナのもとにやってきた。アンナはじゃれるようにはしゃぐクロを抱き上げる。


「クロ。これはシロが納得してくれたってことでいいのかな?」


 小声でクロに尋ねる。


『アンナの説得がきいたにゃ。さっきまでのピリピリとした気配が消えたから大丈夫にゃー』


「仕方ないから、僕は戻るとするよ。ただし、ここにいる男達はみんなアンナちゃんのことが好きだから集まってるんだ。それは自分でなんとかしてね」

「う、うそでしょ? シロがそそのかしたんだから、連れて帰って――――」

「やだ。だって、アンナちゃんは自分で責任を負うことを『選んだ』んだから☆」


 シロは軽快にウインクをすると、颯爽と踵を返して森に消えていった。


「クロ、ちょっとあなたの主人、大人げないと思わない?」

『言い返す言葉もないにゃ。アレは拗ねて最後の嫌がらせしてったに違いないニャ……』


 クロの尻尾がだらりと力なく垂れ下がる。同時にアンナの高揚していた気持ちもだだ下がりだ。せっかく神様への訴えを聞き入れてもらえたと思っていたのに。


 最後の最後にみみっちい嫌がらせを残して行くとか、マジで神様わがまま過ぎる!


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