婚約話
アンナにだけではなく、キールにも婚約の話が来ている。だが、これは一見別々のように見えて繋がっているのだろう。だって、グラシムにとって都合が良すぎるからだ。
「グラシム殿下が裏で糸を引いているのでしょうか」
「ま、おそらくね。だが確証はない」
「キール殿下は知っているのですか?」
「グリッサ王国からの話が王家に来ているのは知っているはずだ。だが、グラシムが君に婚約を申し込んだのはまだ知らないと思う」
「はぁ……確かに知っていたら騒いでますね、きっと」
グラシムがアンナに婚約を申し込んだと知ったら、キールは大騒ぎしてすぐに城へ向かうなり何なり行動するはずだ。それをしていないと言うことは、まだ知らないのだろう。
「君はこのままだとグラシムと婚約することになるだろう。男爵家が王家からの話を突っぱねるのは難しいだろうからね」
ぐっと息が詰まる。いくらアンナが嫌だ喚こうが、王家からの申し出の前にはただの我が儘にしかならない。
「キールにしても、もしグリッサ王国との婚姻を結ぶとなったら、自分しかいなければ断れないだろう」
王族として、国のために動けといわれればきっと断れない。死ぬかもしれないと思っても、キールなら覚悟してグリッサ王国へ行くに違いないのだ。
「グラシム殿下って、正直こんなに賢いとは思いませんでした……」
我が儘放題で、直情的な人なんだろうと噂を聞いて思っていたし、実際に会った際もそう思った。まさかここまで狡猾なことを考えることが出来るとは予想外だ。
「あいつが考えたわけないだろ。周りにいる奴が考えたんだ。バカなグラシムを担ぎ上げて甘い汁を吸いたい奴らがたくさんいるからね」
グラシム殿下と結婚などしたら、絶対に浮気され放題ではないか。前世と何も変わらない苦しみを再び味わうのかと思うとぞっとする。
だが、ひとまずアンナのことは後回しでいい、命の危険が伴うキールの方が重要案件だ。国王がグリッサ王国からの申し出を受ける決断をするとは思えないが、情勢が変われば分からない。
「アタシが思うに、この二つの婚約話を一気に解決出来る案がある」
「え、本当ですか?」
大聖女が重々しく頷いた。
アンナはごくりと唾を飲みこみ、言葉を待つ。
「君とキールが婚約すればいいんだよ」
「っ?!」
確かにアンナの父も、第二王子から婚約話が来れば、第三王子の婚約話を断っても仕方ないよねっていう形が取れる。それに、キールもアンナという婚約者が出来るからグリッサ王国との婚約話が回ってこなくなる。
でも…………キール殿下からの求婚を断ったばかりなんですが?!
アンナはうなだれるしかない。気まずいにも程がある。どの面下げて「私と婚約しませんか」なんて言うのだ。言えるわけない。
それに、婚約するということは、聖女になるという夢が遠くなってしまう。
最初はこの世界で女性が一人で生き抜くためには聖女が最適だと思って選んだ。でも、貴族の端くれとして育ってきて、ノブレス・オブリージュの精神も学んだ今、聖女の仕事は自分が貴族として果たす貢献方法としてぴったりだと思っている。
自分の人生と、社会貢献と両方を叶える聖女という職業に、本気で就きたいと思って学業にも取り組んできた。その結果が学年の主席だ。
今までの頑張りが、まるで消えてしまうような気がして、なんともいえない、複雑な気持ちが渦巻く。
「ゆっくり考えなって言ってやりたいが、今は時間が無い。王がグリッサ王国の申し出を受理する前に、二人が婚約しなければ意味が無いから」
大聖女に言われ、せめて一晩考えさせてくれと願い出て、部屋を辞した。
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