三日後

 あれから三日が経った。時刻は寝る前、外では野生の動物か、もしくは魔物かは分からないが、何かの生き物が遠くで吠えているのが聞こえてくる。


「おかしいわ……」

『にゃにがだにゃ?』


 あてがわれた宿舎の一室で、アンナは考え込んでいた。傍らではクロが毛繕いをのんきにしている。


「だって、おかしいでしょ。オネスト様から始まり、オネスト様の幼馴染だって言う副団長も来て、商人が荷物を納品に来れば大商人の若様だったし、公爵家の次男も何故か来たし、挙げ句は今日の隣国の王弟殿下よ。三日間でこのイケメンかつ富や権力を持つ男の人達が五人も現われて、しかも全員が私に興味を持つような素振りをするのよ」

『……それだけアンナが魅力的だってことにゃ。素直に喜んでおけばいいにゃ』

「いくらなんでも作為的すぎるわ。むしろここまでくると恐怖しか無い」


 イケメンは好きだ。

 でも、なんかもうお腹いっぱいな気分になってくる。


「はっ、もしやそれが狙い? 前世の私がイケメンで身を滅ぼしたから、それを矯正しようと神様が特訓を?!」

『いや、神様は100パーセントの善意でイケメン好きなアンナにプレゼントの気持ちにゃ』

「うそでしょ……神様も意地になってるだけじゃないの?」

『……ノーコメントにゃ。あぁ何か顔がむずかゆいにゃあ』


 クロが猫っぽく腕で顔を洗う仕草をしているが、アンナの視線から逃れるための行動としか思えない。


 まぁいい。神様のご褒美の押しつけは最初からだったし。リミットが近づいてきているから張り切っているのだろうが、こちらが自我を保っていれば関係ない。


――――トントン


 ノックの音にアンナは立ち上がる。


「クロ、見えないようにしててよ」


 学園の寮で飼い猫を装っているときは、他の人にも姿を見えるようにしているので、一応注意をしておく。さすがに、職業体験の場へ飼い猫を連れてくるなど怒られてしまうからだ。


『分かってるにゃ』


 クロの返事を聞いてから、アンナは扉の向こうへ声をかけた。


「はい、どなたでしょうか」

「大聖女様がお呼びです。書斎までお越しください」


 え、こんな夜更けに何事なのだろうか。何はともあれ「行く」と返事をすると寝間着の上にカーディガンを羽織る。




「悪かったね、寝る前に」

「いえ、まだ起きておりましたので構いません。ですが、何か問題でも起こったのでしょうか」


 書斎に赴くと、大聖女が苦笑いしながら出迎えてくれた。

 ローテーブルに向かい合うようにソファーに座ると、さっそく大聖女が話し始める。


「ちょっとキールがいないところで話がしたくてね。あいつ君にべったりだろ」

「あははは……まぁ、なんといいますか、そうですね」

「モテる女は辛いね」


 大聖女の目がじっとアンナを見つめてくる。まるで、裏側まで見通そうとしているかのようだ。


「モテるなど……皆様はちょっと浮かれていらっしゃるだけですわ。私のことなど本当に好きなわけではありません」


 あくまで神様ボーナスでアンナに興味を持つようにけしかけられただけだ。


「ふうん。キールも?」

「えっ?」


 キールもかと問いかけられた途端、冷水を浴びせられたかのようにドキッとした。

 考えないように、見ないようにしていたのに、どうしてわざわざ指摘してくるのだ。

 キールはアイドルのようなものだ。別に本気でアンナのことが好きでも好きじゃなくても関係ない、そう思っていたかったのに。


「キールの君への思いも、本気ではないと思ってるのかい」


 アンナは答えられなかった。

 いや、答えが分からなかった。

 本気であって欲しいのか、違って欲しいのか、それすらも分からなかった。


「……ま、それは本人達の問題だしね。でも、あまり時間は無い」

「どういう意味でしょうか」

「第三王子のグラシムに目を付けられて、ほとぼりを冷ますためにここへ来てると聞いているがあっているか?」

「はい。ですが、聖女になりたいので実際に職業体験したかったのも本当です」

「あぁ、分かってるよ。君は聖女になりたいと本気で志している希有な人材だよ」


 では何故、大聖女は自分を呼んだのかと、考えを巡らす。そして、一つ思い浮かんだ。


「では……もしやグラシム殿下が何か動いたのでしょうか」

「その通り。グラシム殿下が君の父上に婚約を申し出た」

「は? まさか。我が家は男爵家です。王家に嫁ぐなどあり得ません」

「まぁ待て。話はまだ続くんだ」


 これだけでも大問題なのに、まだ先があるのか? 嫌な汗がじわっとにじみ出てくる。


「もしグラシムとの婚約がまとまると、婚約者のいない王子はキールだけになる」

「……まぁ、そうなりますね」

「アンナは南方の国のグリッサ王国は知っているか?」

「もちろん。ですが過去には戦火も交えるなど、あまり仲が良いとはいえない国という印象ですが」


 大聖女は眉間にしわを寄せて、ため息をついた。もう、嫌な予感しかしない。


「グリッサ王国から、友好の証に婚姻を結びたいという申し出があった。向こうには王女が二人いるが、王子がいない。つまり王女の婿として迎え入れたいという話だ。だが、どう考えても怪しい」


 話の流れとしては、おかしくない。だが、大聖女がおかしいと断言すると言うことは……


「つまり、行ったが最後、どんな扱いを受けるか分からないということでしょうか」

「そうだ。実際にグリッサ王国から同様の申し出があって受けた国があるが、差し出した王子は死に、怒った王子側の国と戦争になった。だが、王子側は小国だったため戦いに敗れて属国になってしまった」

「つまり、戦争をするための火種が欲しくて、婚姻したと?」

「そういうことだ。おそらく、我が国への申し出も、同じことが起こる可能性が高い」


 婿入りしたが最後、生きて帰ってこられないかもしれない。

 キールが、死ぬの……?

 その可能性に、足下がすっとなくなるような、そんな恐怖に襲われた。

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