校長先生からのお礼
放課後、アンナは図書準備室に向かった。
「アンナ、昼休みにグラシムに絡まれたと聞いた。すまない、迷惑を掛けた」
キール殿下との勉強会の準備で教科書などを準備していると、キールが飛び込んできた。
仲の悪い、しかも一方的に敵意を向けられている弟のために、キールが謝る必要などないのに。それでも、アンナのことを思って頭を下げられるキールは良い子だなって思う。
「いいえ。大丈夫ですわ」
「その……グラシムがアンナを側に置く……ようなことを言ったらしいが、本当だろうか?」
キールが言いにくそうに、でも、気になって仕方がないといった様子で切り出した。
「はい。私だったら置いてやってもいいと仰いましたね。もちろん、即お断りしましたが」
「断った、しかも即…………良かった」
キールはほっと息を吐いていた。
アンナはキール殿下の求婚のことを思い出す。必死に思いを告げてくる姿はとてもキュンとしたし、アンナのことを大事にしたいと考えてくれているのが伝わってきた。
同じ王家の出でも、考え方は全然違う。キールはグラシムのように権力を振りかざすような言動はしない。そこが良いところだけど、でも、権力に目がくらんだ人物に足下をすくわれないかとちょっと心配にもなる。
もし、そんな状況になったら、アンナに出来ることがあったらしてあげたいくらいには推している。アイドル的にだけれど。
「ほら、お勉強を始めましょう。今日は歴史ですわ」
「あぁ、よろしく頼む」
キールは軽く頭を下げると、真面目な表情に変わる。
あぁ、イケメンの真剣な顔がこんな間近で見ることが出来るなんて。役得だわと内心で笑みを浮かべながら、歴史の話を始めるのだった。
そろそろ勉強会も終わりの時刻にさしかかったとき、図書準備室の扉が開いた。
「勉強中に申し訳ない。少し話があるんだが良いかい?」
校長先生がひょいと扉の横から顔を出した。
「はい、大丈夫ですわ。ちょうど切りの良いところまで行きましたので」
「そうか。では遠慮無く」
「では私は先に失礼いたしますね」
アンナが席を立とうとすると、校長先生が止めてきた。
「君に話があるんだ」
「まぁ、てっきり殿下にかと思っておりました。申し訳ありません」
「いや、わたしの言葉足らずだ。君の先を見越して行動できるところは美点だと思うよ」
校長先生は笑みを浮かべ、アンナを称えてくる。
先を見越しての行動など当たり前だとアンナは思っているだけに、こんな風に褒められると何だか照れくさい。
「顔が赤い、アンナが照れてる……」
キールのつぶやきが耳に入り、ハッとアンナは自分の頬を両手で隠す。
「見ないでくださいな」
「めずらしい表情なんだ、見なきゃもったいない」
「意地悪ですよ」
「ただ見てるだけなのに?」
キールが面白いとばかりに絡んでくる。
いつも勉強を教える立場として、そして年長者として接してきたのだ。先生の思わぬ褒め言葉に喜んでいるなんて子供っぽい姿などみせたくない。それこそ、気恥ずかしくてたまらない。
「二人は仲が良いね。よかった、アンナを選んで。もしかしたら余計なお世話だったかなとか思ってたんだけどね。うん」
「余計なお世話とは?」
校長先生の言葉に引っかかって尋ねるが、微笑んだだけで答えてくれなかった。
「じゃあアンナ、本題に入るね。わたしの同級生が大聖女だと以前話したともうんだけど」
「は、はい。そのようにお伺いしました」
「その大聖女から、職業体験に来てはどうだと話があったんだ」
「まぁ、実際に体験が出来るのですか?」
「あぁ。彼女と話す機会があってね、アンナのことをチラッと話題に出したんだ。そしたら彼女、それを覚えていたみたいで『今の時代に率先して聖女になりたいなど貴重な人材です。是非とも体験にいらしてください』だってさ」
まさか、大聖女から直々に体験に呼んでくれるとは思ってもいなかった。
「貴重な機会、もちろん行かせていただきます!」
「俺も行く!」
アンナが参加を表明したとたん、キールも行くと叫んだ。
ええ! なんで? 意味が分からない。
もしかして、アンナが聖女になるのを邪魔したいから、一緒について行こうとしているとか? まさか、キールがそんな卑怯なことをするとは思えないけど……。
とっさに助けを求めるように校長先生を見るが、またしても微笑みを浮かべているだけで驚いた様子すらない。何故だ。どうしてそんなに泰然としていられる。
だが、校長先生はキールを止める気は無いのだろう。仕方ない、自分が止めるしかないのだとアンナは腹をくくった。
「キール殿下、聖女の職業体験ですよ? 男の方はなれない職業です。王子殿下がいらしても仕方ないのでは」
「王子として、国を守ってくれている聖女の職業を見に行って何が悪い。知ることも重要な責務だろう?」
「ですが、私に声をかけてくださったのです。予想外に殿下まで現われたら、大聖女様も驚いてしまわれるのでは」
「先に伝えておけば良いことだろう」
「そ、それは……そうですが」
ぐぬぬ、とアンナは内心焦る。
キールが何を考えて同行しようとしているのかが分からない。本当に聖女の仕事を知りたいだけならばいいのだけど。
「アンナ、いいじゃないか。これはキール殿下の勉強を見てくれているアンナへ、わたしからのお礼でもあるんだ。あまり深く考えずにキール殿下と行ってくると良いよ。そうだな、明日にでも出立すると良い」
「ですが……」
「それにね、しばらく学園内は騒がしくなる。君は外にいた方がいいと思うんだ」
校長先生が「ね!」とウインクした。
そういうことか、とアンナはやっと納得した。
聖女の職業体験は二の次だったのだ。もちろん、大聖女からの申し出があったのは本当だろうが、何も今でなくてもいい話である。授業だってあるのだ。それなのに今のタイミングですぐ行けと言ってくるということは、別の要素があるということ。
「グラシム殿下でしょうか」
「ふふ、そういうことだよ」
校長先生は頷いた。
「承知いたしました。職業体験、張り切って行って参ります」
「俺も行くからな!」
「はい。二人で行っておいで」
校長先生はにこやかに言うと、図書準備室を去って行ったのだった。
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