昼食の誘い

「なあ、昼食を一緒にどうだ」


 昼休憩になったと思った瞬間、アンナの教室にグラシムが入ってきた。


「アンナ、あれ絶対に授業が終わる前から教室の近くで待ってたに違いないわ」


 ナターリアが呆れた口調で耳打ちしてくる。

 アンナももちろん同意見だ。一年の教室からの距離を考えれば、こんな早く来られるわけがない。でも、出来れば昼食くらいナターリアとゆっくり食べたいのが率直なところだ。


「グラシム様。せっかくの学園一日目なのですから、同じ学年の方々と交流を深めた方がよろしいのでは」


 とりあえずやんわりと拒絶してみる。これで引いてくれたら良いのだが、多分無理だろうなぁと思うので、次の手を考えつつ反応を見る。


「不要な気遣いだ。俺は興味のある奴以外と話す気はない」


 やはりダメだ。しかも王子殿下だからこそ許される不遜な態度である。


「私に興味があるということでしょうか。しかし、男爵家の娘としては恐れ多くて……」


 わざと視線を下にずらしつつ、身分差で萎縮してますよーここは可哀想だと思って帰ってくださいよーと念じる。実際はただひたすら面倒だからなのだが。


「俺は身分など気にしない。気になる女はいくらでも側に置けば良いからな。俺はお前なら側に置いてやっても良いぞ」


 ドン引きである。まわりの令嬢達もあからさまに引きつった表情を浮かべている。

 見た目は可愛らしい年下のイケメンだが、中身がクソだ。

 アンナが一番嫌いな浮気男である。しかも、浮気を悟らせずに隠し通してくれればまだマシだが、グラシムは堂々と何人も囲う宣言してきた。


「……コホン。ええとグラシム殿下? 少々場所を変えましょう」


「やっと昼食に行く気になったか。いいぞ」


 昼食に行く気になどなれないが、とにかくこのクラスメイト達に大注目されている状況から逃れたい。

 本音を言えば、側に置くなど冗談でもいうなと叫びたいけれど。だが、仮にも王子殿下を相手に公衆の前で恥をかかせるのも恨まれかねない。彼が可哀想と言うよりも、逆ギレ防止である。


***


 アンナは食堂へ向かうのではなく、中庭に連れ出した。グラシム殿下のお付きらしき男性が、視界の端で心配そうにこちらを見ている。お付きならば、この傍若無人な殿下を諫めて欲しいのだが。どうやらパワーバランス的に、殿下には口答えできない人のようだ。


「どうした、食堂へは行かないのか」


「グラシム殿下。昼食のお誘いは、私を将来側に置くための面接でも兼ねているのでしょうか。だとしたら、はっきりとお断りさせていただきます」


「はっ?」


 苛立たしげな声とともに、グラシム殿下の眉間にしわが寄った。

 イケメンの不機嫌顔だ。これがキールだったら無邪気に鑑賞も出来るが、この我が儘王子の不機嫌顔は、何が引っ張り出されてくるか分からないだけに怖くて仕方がない。怒って理不尽な処罰を言いだしかねない。


 でも、アンナはあえて言った。

 男爵家とはいえ、貴族の端くれ。王家に忠節を尽くすのは当然だし、そこの部分に関して異論は無い。だが、女性を同じ人間と思っていないかのような、あの発言だけはどうしても許せなかったのだ。


「私は国のお役に立てる人間になるため学園に通っているのです。決して、殿下の慰み者になるためではありません」


「な、何を言っているんだ。王子の俺を癒やすと言うことは、引いては国のためにもなることだろう」


 そうきたか。でも、それはグラシム殿下がちゃんと国のために働く王子になったら言ってくれ。今の我が儘しか言わない状態で言われても鼻で笑ってしまう。


「何故笑う!」


 どうやら笑いが隠せていなかったようだ。まだまだ自分も未熟者だなとアンナは反省する。


「申し訳ありません。ですが、今の殿下は国のために何かしておられますか?」

「そ、それは……」

「何が出来るか、何をしなければならないのかを、この学園で学んでくださいませ。それが出来てから初めて、お好きなものを側に置く権利を得るのだと思います」


 失礼いたしますと礼を残し、アンナはグラシムを残して中庭を去る。

 言いたいことは言った。これで彼が考えてくれたら儲けものだし、考えないならばそれまでだ。

 考えられないのならば、キールとの差が埋まることはないだろう。


***


【グラシムside】


 グラシムは呆然と去りゆく背中を見送る。


「なんなんだ、あの女」


 キールが執着しているというから、どんな女なのだろうかと興味を持った。あわよくばキールから奪ってしまうのも面白いし、変な女だったら趣味が悪いとキールを笑ってやるのもいい。そう思ってアンナに近寄った。


 第一印象は、ハッとするくらい綺麗だと思った。なるほど、これならキールが夢中になるのも分からないでもない。

 でも顔だけなら、他の女でも良いはずだ。しかもアンナは男爵家の娘、いわば下級貴族だ。王子の相手としては身分的にだいぶ物足りない。それなのに、この女がいいというのならば、それだけ中身も使える人間なのだろう。あわててキールがアンナの教室に自分を捕まえに来たのが良い証拠だ。

 使える奴をキールのものにしておくのはムカつく。やはり自分のものにしてやろうと思った。


 てっとり早く手に入れるには、自分の女にするのが一番楽だ。まぁ見た目は申し分ないし、王子の俺から見初められれば断るはずもない。

 だから昼食に誘って、そこで自分の恋人の一人にならないかと告げるつもりだった。それなのに、昼食の誘いすら乗ってこない。のらりくらりと断ってくるのが苛立たしかったが、「側に置く」ことをほのめかしたら乗ってきた。

 どうだ、キール。お前の執着している女も、結局は欲に忠実なただの女ではないかと有頂天になった。


 だが、結論的に、アンナはただの女ではなかった。

 第三王子である自分に、怯むことなく説教をしてきたのだ。なんだんだよ。こんなこと、父上すら言わないのに。


 ものすごく腹立たしい。八つ当たりで従者を思わず殴ったくらいだ。


 でも、夕方になって、一人寮の部屋のベッドに寝転んでいると、じわじわとアンナの言葉が染みてきた。


「あいつの言ってることに反論が出来ない……ムカつく」


 ムカついてムカついてムカついてたまらない。でも、反論が思いつかない自分がもっとムカついた。なんで自分がこんなもやもやイライラした感情を抱かなきゃいけないのだ。


 すべてはアンナが悪い。

 こんな感情を抱かせたのだから、責任を取っ手もらわないと。


「どんな手をつかっても、手に入れてやる」



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