アンナの選択
ナターリアの助力も有り、キール殿下に勝つことが出来た。これで、キール殿下は勉強をしてくれるだろう。さすがに約束を破るような人ではないから。でもアンナは、気が重かった。
確かにキール殿下に勝った。けれど、ナターリアが殿下の足を引っ張るようにゲームを進めたからだ。それって、不正じゃないだろうか。もちろん、ゲームの駆け引きとして相手の嫌がるところを突くというのは常套手段だ。けれど……
「私は何もしてない、ナターリアにやってもらったことだもん」
寮に帰ってきたアンナは、ベッドにうつぶせにダイブして呟く。
『細かいことを気にするにゃ。勉強してくれるなら、それでいいじゃないかにゃ。勉強してくれないと困るのはアンナにゃ』
クロは呆れたように、しっぽをスウィングさせている。
「それはそうなんだけど……」
なんかスッキリしない。卑怯な気がしてならないのだ。
結局、アンナはもやもやしたまま眠りについた。
翌日、アンナは気合いを入れ直して図書準備室へ向かった。来てくれるのかと緊張していると、扉が開き、拗ねたように口を尖らせたキール殿下が来た。
ふぁー、年下イケメンが拗ねて口尖らせてるー。可愛すぎて萌え死ぬ!
いや、違う違う、萌え死んでどうする。とアンナは心を必死で押さえ込む。
「来て下さって、ありがとうございます」
アンナは立ち上がって、頭を下げた。
すると、キール殿下は無言で机を挟んで向かい側に座る。
「怒っていらっしゃいますか?」
「別に、怒ってはいない。ただ、自分の甘さに腹が立ってるだけ」
怒ると腹が立つ、どっちも同じような意味な気もするけれど。とにかく、あまり機嫌が良くないことだけは分かる。
「殿下にお話があります」
アンナは一晩考えたことを、正直に話すことにした。
「殿下との勝負、あれは無効です」
「は?」
せっかくナターリアが協力してくれたのに、それを無駄にしてしまうのは心苦しい。けれど、それ以上に、自分の心のもやもやを放ってはおけなかった。
「最後の一戦、わたくしは勝ちました。けれど、あれはナターリアの助力があってのことです」
「それは分かってるよ。ナターリア先輩が俺の邪魔してたことくらい。でも、それも戦略のうちだろ。ナターリア先輩を味方に付けていたアンナが勝った、それだけだ」
そうかもしれない。それはある意味で、正解なのだろう。
だけど、アンナにとっては、やはりズルをした気持ちが拭えないのだ。
「もともとはわたくしと殿下との勝負です。それなのにナターリアの助力込みで勝っても、それは不正ではないでしょうか」
「えーっと、つまり、あの勝ちに納得がいってないってこと?」
「はい、その通りです」
「……アンナって、本当に変な人だな。俺が納得してるんだから別にいいじゃん」
「良くありません。わたくしは、今世は真面目に生き抜きたいのです」
キール殿下が一瞬、目を見開いた。
「……じゃあ、どうすんの?」
「昨日の勝負は無しにして、今から再度、勝負していただきたいのです。わたくしは殿下にちゃんと勝ちたい」
アンナはキール殿下の目を真っ直ぐに射貫く。殿下もそらさずにそれを受け止めた。
「分かった」
「ありがとうございます」
アンナはほっと胸をなで下ろす。
「じゃあ、勝負は簡単なものにしよう」
キール殿下はポケットをごそごそしたかと思うと、コインを1枚手のひらに出した。
「アンナが後ろを向いてる間に、右か左か、どちらかの手に握るから。それをアンナが当てて」
なるほど。これなら一瞬で勝敗が決まる。究極の二択。確率二分の一だ。
「分かりましたわ」
アンナはうなずくと、後ろを向いた。背後でキール殿下が少し動いた気配がした後「もういいよ」と声が掛かる。
アンナが前を向くと、キール殿下は両拳を前に出していた。
「さぁ、どっちかを選んで。コインが入ってたらアンナの勝ちだ」
アンナは真剣にキール殿下の拳を見る。舐めるように見る。あぁ、手もとっても綺麗。男らしく関節はしっかりしているけれど、きめ細やかな肌にうっすらと血管が見え隠れ。あ、薬指の付け根に小さなほくろ発見。たしか、前世の記憶によると、財運や人気運だったはず。さすが王子様だけあるわ……って、ちっがう! コインのあるなしを見極めなきゃダメでしょーが。
気を取り直して、再度、両方の拳を見比べる。はっきりいって、ほぼ同じ。どっちにも入ってるように見える。ダメだ、これはもう勘でいくしかない。
「決めましたわ。右手にします」
何故右手かというと、アンナから見て左だから。前世の験担ぎで、左手でくじを引くと当たりやすいというのを、ほくろ占い繋がりで思い出したからだ。
「本当に、右手でいいな?」
キール殿下が惑わせるかのように、聞いてくる。
そんなん言われたら、迷っちゃうじゃん。改めて、もう一度両拳を見る。うん、分からん。やっぱり見た目じゃ違いは分からないから、勘で左だ!(つまり殿下の右手ってことね)
「はい、右手でお願いします」
ゴクリと唾を飲み込みながら、殿下の右手を凝視する。
殿下は右手をゆっくりを広げた。すると、コインがあるではないか!
「やった! コインだ。当たった!」
嬉しくて、ぴょんぴょんと飛び跳ねてしまう。ハッと我に返り、キール殿下を恐る恐る見ると、肩をふるわせて必死に笑いをこらえているではないか。
「あ、あの、今のは見なかったことに」
「やだね。てか、ぷぷっ、アンナもそんな風にはしゃぐんだ」
恥ずかしくて、体が熱くなってきた。今まで内面はともあれ、外面だけは清楚で可憐でおしとやかを貫いてきたのだ。そんな鉄壁の外面が、よりにもよって殿下の前ではがれてしまうなんて。
「わ、わたしくだって、嬉しいときくらいはしゃぎますわ。人間ですもの」
すっと姿勢を正すと、某詩人のような台詞を言ってしまった。けれど、事実そうなのだから仕方がない。
「まぁそうだよな。あぁー負けた。でも珍しいもの見れたからいいや」
キール殿下は大きく伸びをした後、椅子に座った。
「さあ、アンナ先生。よろしくお願いします」
キール殿下が晴れやかな顔で見上げてくる。
や、やばい。イケメンの上目遣い! スカイブルーの瞳がキラキラして見える。
それに、教えてあげなきゃという使命感が燃えたぎってくる。これぞ年下の醍醐味。
「わ、わかりましたわ。ビシバシ、厳しく行かせていただきますからね」
動揺を押し隠すように、敢えて『厳しく』と強調する。しかし、一番厳しくしなくてはいけないのは、キール殿下に動揺してしまうアンナの精神かもしれない。
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