再勝負のゆくえ


 キール殿下に勉強を教えられないことを、ナターリアに相談したアンナ。

 ナターリアは自分に任せろと言う。



 図書準備室にはキール殿下、アンナ、そしてナターリアがいる。そして、目の前の机にはトランプ。


「ナターリア、あの、任せとけと大見得を切っていたように思いますが……」


「だって、体力勝負じゃ負けるし、勉強教える相手に学力勝負じゃ大人げないし、そもそも1学年下だからそのへんのハンデとか考えると面倒だし、やっぱりこういうゲームが良いかなって」


 アンナに対して詰めが甘いと言い放った人と同一人物だとは思えない台詞だ。つまりは、アンナの案が良いとこ突いてたってことじゃないか。


「二人でなにコソコソ話してんの? 何人来たとしても、俺は勉強しないから」


 キール殿下は退屈そうに、机に頬杖を突いている。


「まぁ、なんて可愛らしい方! アンナ、やはり良いじゃない。噂通りになっちゃいなさいよ」


 ナターリアが興奮気味にアンナの肩を叩いてくる。


 分かるよ、うん。キール殿下のあのちょっとむくれた感じ、年下のイケメンがやってると可愛いよね。

 でも、それには流されないって決めてるから。私は玉の輿じゃなく聖女になるんだから。


 アンナは心の中で、自分に言い聞かせる。


 逆に、ナターリアの興奮気味な台詞に、気圧されているのはキール殿下だ。絶対に変な奴が来たって思ってるに違いない。


「キール殿下、私はアンナの友人でナターリアと申します。ところで私達とトランプしませんか?」


 ナターリアはわざとなのか、家名を告げなかった。家柄関係なく、トランプ勝負しようということだろうか。

 キール殿下もナターリアの名乗り方に思うところがあったのか、ぴくりと眉が動いた。


「……嫌だ。俺が負けたら勉強しろっていうんだろ」


「言いませんわ。私はアンナとは違い、たんに王子殿下とゲームして遊びたいだけですもん。それに、トランプというものは二人より三人の方が盛り上がりますし、ね!」


 遊びたいだけって……ナターリアに任せてて大丈夫なのかなと不安になる。


「ただトランプで遊ぶだけ?」


 キール殿下は怪訝そうにナターリアを見ている。


「はい、殿下はトランプがお強そうですからね。是非とも、ひねり潰して差し上げたい」


 ものすごく自信がありそうなナターリアに、キール殿下も興味が出てきたらしい。挑戦的な笑みを浮かべた。


「へぇ、ナターリア先輩は強そうだ。いいよ、やろう」


「では、私はラミーが得意なのですが、それで宜しいですか?」


「もちろん」


 ラミーとはトランプのゲームで、もっともポピュラーといってもいい。手札から同じ数字のカードや、同じマークの数字連続などがあれば、真ん中のエリアに並べる。そこに付け加える形で手札からカードを出していき、早く上がったものの勝ちというルールだ。


「では、始めましょうか」


 ナターリアが嬉々としてカードを配り始めた。


 そして、予想通りなことと、予想外なことが起こるのだった。


 まずは予想通りなこと。それは、アンナが激弱だったこと。

 そして、予想外なことは、ナターリアが激強だったことだ。1回戦、2回戦くらいはまだ和やかだった雰囲気も、5回戦くらいになると、殺伐としてきた。


「あー、またナターリア先輩に負けた!」


 キール殿下は頭を抱えている。アンナとの勝負はまだ終わっていないのだが、もはや眼中に無い模様。


「ほほほっ、口ほどにも無い。王子殿下ともあろう御方が、このように弱いとは」


 ナターリアがここぞとばかりに煽る煽る。余計にムキになった殿下が、再戦を申し出るのだ。そして、また負けると繰り返す。


「くそ、また負けたぁ」


 悔しそうに唇を噛みしめるイケメン。

――きゅんっ

 って、違う。きゅん、なんてしてない。ムキになってるところが可愛いだなんて、絶対、思ってなんかないんだからね!


「はぁ、誰にいってるんだか」


 思わずアンナの口から愚痴がこぼれてしまう。勝負に夢中な二人には聞こえていないけれど。


「もう一回!」


 キール殿下が再戦を申し出る。まだやるのかと、アンナはげっそりだ。


「殿下、アンナが負け疲れているようですので、もう終わりにしましょう」


 ナターリアがアンナの様子を見て言ってくれるも、キール殿下は引かない。


「えー、もう一回だけでいいから。負けたままじゃ悔しくて寝られない」


 キール殿下が言った途端、ナターリアの唇が、ほんの少しだけ上がった。たぶん、キール殿下からは見えていないだろうけど、アンナからは見えた。あれは、確実に笑った。


「仕方ないですね。じゃあ、もう一回だけ勝負しましょう。でもその代わり、もしこの勝負でアンナが勝ったら勉強して下さい」


「はっ? ナターリア先輩じゃなく、アンナに?」


 アンナは呼び捨てなのに、ナターリアは先輩って付けるの? この扱いの差はなんだ!


「はい、最初に言ったとおり、私はただトランプで遊びたかっただけです。キール殿下とアンナのあれこれは無関係なんで」


「んー、じゃあ負けたら勉強ってことかぁ」


 キール殿下はしばらく考え込んだ後、顔を上げた。


「わかった。どちらにしろ、負けるつもりはないから」


「それでこそ、王子殿下!」


 ナターリアは嬉しそうに手を叩いた。


 すごい。約束通り、キール殿下と勉強をかけて勝負できることになった。ナターリアの手腕に脱帽するしかない。大丈夫かなってちょっと疑ってごめんね、とアンナは思う。


「アンナ、ちょっと耳貸して」


 ナターリアが小さな声で話しかけてきた。アンナはそっと近寄り、耳を向ける。


『私がアンナを勝てるようにアシストするから』


 耳打ちされた内容に、アンナは目を丸くする。思わず声が出そうになったが、ナターリアに口をふさがれた。


「アンナ、頑張って勝ちなよ!」


 ナターリアが肩をパンッと叩いてくる。

 これでもし勝てたら、キール殿下は勉強してくれる。でも、それって良いのだろうか? そう思う気持ちもありつつ、流されるようにアンナは最後の一戦に臨んだ。


 そして、ナターリアが殿下の邪魔をするようにゲームを進めたことにより、アンナは勝つことが出来たのだった。


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