協力者現る
キール殿下の婚約者に内定したのでは、という噂が流れていることに驚くアンナ。
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ナターリアを部屋に招き入れると、とりあえず椅子を勧めた。
「ナターリア、ちょ、ちょっとその噂、詳しく教えてくださる?」
驚きのあまり、声が少々震えてしまう。
「だから、キール殿下って毎日アンナを寮まで送ってくるでしょ。王子殿下がそこまで甲斐甲斐しくなさるなんて、相当本気だろうって」
いやいやいや、違うのに。単に勉強したくないキール殿下が、アンナを寮まで連行してるだけだ。
「しかもアンナって、高嶺の花じゃん」
「高嶺の花という表現は承諾いたしかねますわ。わたくしは男爵家の人間ですし」
アンナは男爵令嬢なので、貴族が通うこの国聖学園においては一番底辺といっても良い身分だ。
「そういう意味じゃなくてさぁ、そんだけ美人で男子生徒からモテまくるくせに、誰とも付き合わないじゃん。婚約者がいるなら分かるけど、アンナって婚約者もいないでしょ?」
「いませんわね。今後もその予定は一生ございませんが」
「一生て……相変わらず頑固ね。でも、そういう身持ちの堅さ、清楚な雰囲気が、こう高嶺の花感を醸し出してるのよ」
中身は清楚でも何でも無いけれどね、と心の中でアンナは付け加える。
「だいたい、アンナの友達って私以外いないでしょ。それが証拠よ。男女問わず、みんな近寄りがたいって思ってるわ」
「お言葉を返すようですが、ナターリアもわたくし以外の友人はいらっしゃらないと思いますけれど」
「……」
「……」
二人の間に沈黙が満ちる。
「やめやめ、お互いに傷付け合ってどうすんの」
ナターリアが先に沈黙を破った。
アンナもそれを肯定する。
「そうですわね。上辺だけの友人付き合いなど足枷でしかありませんもの」
そう、アンナもナターリアも、友人と呼べるのはお互いだけ。アンナはその美貌と秀才さゆえ遠巻きにされ、ナターリアは男子生徒にちやほやされたいと開き直っているため女子生徒から嫌われている。一見正反対な二人だが、自分を曲げない精神が似ていることから、喋ってみたら気が合ったのだ。
前世での、つまらない友人付き合いを思い出すとアホらしくなる。一人になるのが怖いからと言って、興味もないのにおしゃべりに付き合ったり、欲しくもないのに買い物に付き合ってお揃いのものを買わされたり、時間とお金がどれだけ無駄だったのだろうか。
あの頃は、同じであること、一緒であることが正解だった。でも、そんな正解は状況が変われば、正解じゃなくなる。学校を卒業して会わなくなれば、その子達としゃべっていた内容など話さなくなるし、お揃いのものなど押し入れの奥底に眠るだけだ。
自分が心から楽しんでいたのであれば、それはそれで良い思い出なのだろう。でも、無理をしていただけの杏奈にとっては、無駄だったなと後悔するだけの記憶だった。
「アンナ? 黙り込んで、怒っちゃった?」
「いいえ、無理して他人に合わせていた過去のことを思い出していたのです。今は、自分の生きたいように生きていますので、幸せだなと思っていますわ」
「なに、しみじみしちゃってんの。それより、噂の件、実際のところどうなのよ」
「どうもないですわ。校長先生に頼まれただけです」
「何を頼まれたの?」
ナターリアは逃がさないとばかりに、身を乗り出してくる。
アンナは考えた末、ナターリアには正直に話すことにした。ただし、殿下が留年しそうだってことは除いて。
「え、えーと、キール殿下は苦手な教科があるので、それを教えて欲しいと頼まれましたの。本当は三年の主席の先輩が宜しいのではと進言したのですが、その、ちょっと人物的に人に教えるのは無理だろうということで、二年の主席であるわたくしに話がきたのです」
「つまり、アンナだからというよりも、主席だから頼まれたってこと?」
「そういうことです。ですので、婚約者などという噂はとんでもないことですわ」
「ふーん。なんだぁ、面白くないの」
「わたくしで面白がるのはおやめください」
ナターリアがアンナと友人なのは、気が合うということも理由の一つだが、それだけではない。アンナのそばにいると、男性がらみでいろいろ起こるからそれを横で楽しんでいるのだ。あわよくば、アンナに群がってきた高スペックの男性をいただこうと思っているのも知っている。
そういうあざといところも含めて、己に素直なナターリアが好ましいとアンナは思っている。
「でもさぁ、今は噂とは違っても、二人で勉強してたらさ、距離が近づいて……きゃーみたいな展開になるかもしれないじゃん」
「それは……困りますね」
「困らないでよ。なんで良いじゃん。キール殿下の妃なんて、一番良いポジションじゃん」
はて、キール殿下は第二王子であって、国王になるわけではない。それなのにそのキール殿下の妃が良いポジションとは?
「どういう意味ですの?」
「うそ、分かんないの? キール殿下は第二王子だから妃になれば王族の仲間入りが出来る、でも王妃ほどの責任はない、最高でしょ」
「そ、そういうとらえ方も出来るのですね」
つまり、長男の嫁より次男の嫁の方が楽だと。確かに、前世でも次男の嫁ポジは人気だった。
「そんで、実際のところどうなの? キール殿下ってどんな方?」
「……地頭は良いのに、勉強がお嫌いのようです」
「勉強が嫌い? じゃあ教えるの大変そうね」
「そうなんです!」
アンナは思わずナターリアの手を握った。
手を握られたナターリアは目をぱちくりしている。
「ナターリア、聞いて下さいますか。実は、お勉強を教えなくてはならないのに、キール殿下に逃げられてしまうのです」
そして、打開しようと勝負を挑んだらあっさり負けてしまったことを話した。
「アンナ……あなたって頭良い割には、賢くないわよね」
うぐっ、当たりすぎて、言い返すことは出来ない。
「まぁそのちょっと抜けてるところが、アンナの可愛いところだと思うけど」
「それは欠点というものです、可愛いわけありません」
「ふふ、拗ねてる? アンナかーわーいーいー」
『にゃー(そうにゃ)』
クロがベッドの下から現れた。
「ほら、猫ちゃんも私と同じ意見みたいだよ。ねー」
ナターリアがクロを抱き上げると、膝の上にのせた。クロは満足そうにナターリアに頭をすり寄せている。
『にゃにゃーん(同じにゃー)』
クロが猫なで声で(まぁ猫なんだけど)鳴いたので、アンナは無言でひと睨みする。すると、クロはぺろっと舌を出してきた。むかつくわー。
「それで、どうしたら殿下に勉強していただけると思いますか?」
ナターリアに向き直ると、アンナは尋ねた。
「そうねぇ、その辺の男子生徒だったらアンナが目を潤ませて『お願い、お勉強しましょう』って言ったら勉強すると思うけど、王子殿下だもんなぁ。ハニートラップには気を付けてそうだし、弱みを握るにしろ時間が掛かるし」
ハニートラップの文言の時に、クロのしっぽがぴくっとした。
クロが提案した「色仕掛け」はナターリアにばっさりダメ出しされたわけなので、ちょっとざまぁみろと思うアンナだった。
「なにげに、勝負するって良い案だったかもね。ただし、必ず勝てるものを用意できなかったところに、アンナの詰めの甘さを感じるけど」
「異国のルールでしたので、初めてやる殿下にはきっと勝てると思っておりましたの」
「ならさ、もう一回、勝負してもらったら?」
「勝負してくれるでしょうか」
「そこは私に任せてよ!」
ナターリアは、不敵に微笑んだ。
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