校長の頼みごと
ヤンチャなイケメンに助けられた後、我に返ったアンナは自己嫌悪に暮れていた。
「あああぁぁぁ……うっかり見とれてしまった自分を殴りたい!」
寮の自室で、ベッドの枕を代わりに殴る。
ボスン、ボスンと枕は可哀想な形に変形してしまった。
自分が好むイケメンなんて、前世からの経験上、碌な男な訳がない。顔は良くとも、性格はみんなそれぞれ最低だった。貢がせてきたり、マザコンだったり、束縛だったり。そのくせ自分は浮気するとか、本当に最低だ。女性側にあれこれ求めるなら、他に目移りするなよと声を大にして言いたい!
『トニーはちょっとダメだったにゃ。でも、あの金髪の男は見所があるにゃ』
とんでもないことを言うクロに、即反論する。
「やめて! あれは多分、年下トラップよ。可愛いと思わせて、いろいろと世話しちゃったあげく、最終的には若い女に取られるってパターンよ」
制服のタイが青色だったので、ヤンチャくんは一年生だ。ちなみに二年生のアンナやトニーは緑色、三年生は赤色のタイだ。
『アンナ……君って子は、男性不信も過ぎると狂気にゃ。そもそも一歳くらいそう目くじら立てることないと思うけどにゃ』
「なに言ってんのよ。確かに社会に出れば一歳くらい変わらないかもだけど、学生時代の一歳はとてつもなく大きいのよ」
しかも、この貴族社会は男尊女卑の色合いが濃い。女性は嫁入りし、男性を支えるといった様相だ。平成通り越して昭和の日本かよ、と叫びたいが、叫んだところで変わるものでもないので仕方ない。
だが、その男尊女卑が横行しているということは、男性が若い愛人を作っても暗に許容されてしまうのだ。それなのに、女性がちょっとでも疑いを掛けられると、無実であっても身持ちの悪い女だと悪評をつけられてしまう。女性にとっては生きにくいことこの上ない。
だからこそ、アンナは男性に頼らず、自立して生きていきたいと願っている。そして、結婚しなくても生きていける職業の一つとして『聖女』がある。大聖女をリーダーに、聖女達は国のために魔力を糧に祈りを捧げ、森から魔獣が入ってこないように結界を作る。なくてはならない重要な職業だ。
ただし、あまり若い女性に人気とはいえない。何故ならば、結界を作るために、森の側で暮らさなくてはならないからだ。そのせいもあって、聖女に就くのは訳ありの未婚の女性か、夫と別離した(生死は問わず)女性がほとんど。家庭的な問題もないのに、聖女を目指す女性はまずいないと言っていい。だが、なり手が少ないからこそ、とても福利厚生が手厚く、退職後もいろいろと保証がついてくる。まさに女性が一人で生きて行くには好都合、破格の好待遇の職種なのだ。
そして、その聖女を束ねる存在が大聖女だ。大聖女は国の大臣と同格であり、立場の重要性から国王ですら機嫌を損ねないようにしている。
アンナがクロと言い争いをしていると、自室をノックされた。
「やばっ、うるさかったかな」
慌ててベッドの上の枕の形を元に戻し、身だしなみをざっと整えると、優雅な笑みを浮かべてドアを開けた。
すると、ドアの前には親友のナターリアが立っていた。ナターリアはブラウンの髪と瞳を持つ、とても可愛らしい容姿の女子生徒だ。ただし、中身はかなり強かだが。
「アンナ、今話し声がしたけど、誰かいるの?」
ナターリアが興味津々とばかりに、部屋の中をのぞき込んでくる。
まぁ、いくら見たところで黒猫しかいないけれどね。
「ごめんなさい。つい猫に話しかけてしまうのが癖で」
嘘ではない。クロと話していたのだから。
ナターリアはすぐに納得してくれた。
「わかるぅ。私もたまにぬいぐるみとかに話しかけちゃうもん」
へぇ、それ絶対嘘だと思うけど。
ナターリアは男受けを狙って、可愛い子ぶるのが超絶得意なのだ。
「それで、ご用件は何かしら?」
「あ、そうそう。校長先生がお呼びだったわ」
「校長先生が? なにか、お叱りをうけるようなことしてしまったのかしら」
突然の呼び出しに、嫌な予感がする。
「えー、違うでしょ。また何か頼みたいんじゃない? 女子生徒で初の主席様にね」
ナターリアはニヤッと笑った。
そうなのだ。この歴史ある国聖学園において、女子生徒が主席を取ったことはなかった。今までずっと男子生徒が主席を独占してきたのだが、アンナが颯爽とその歴史を塗り替えたのだ。
「頼み事……それはそれで、面倒なことでなければいいのですが」
アンナはぽつりと呟くのだった。
校長室の前で、一呼吸置く。荘厳な彫刻が施された扉は、いつ来ても重々しい雰囲気を醸し出してくる。気持ちを整えると、アンナはその扉をノックした。
入りなさい、という声がしたので、重い扉を開ける。校長室はハ○ーポッ○ーの映画のような、見たことのないものであふれかえっていた。校長は魔道具の開発を行っており、それの試作品がどんどんふえてしまい、このような有様になっている。
けれど……
「校長先生、またお部屋が混沌としておりますね。記憶違いでなければ、先週、お掃除のお手伝いをさせていただいたと思うのですが」
魔道具は試作品ゆえに、誤作動の危険性がある。だから扱いが丁寧に出来て、何かあったときに自衛できるくらいの魔力を持った生徒だけに、校長は部屋の掃除を頼むのだ。
「あぁ、確かにしてもらったよ。だけどね、研究が佳境に入ってきて、またあれこれ引っ張り出してたらこんな風になっちゃったんだ」
校長は40代のオジサンのはずなのだが、どこかチャーミングで憎めない人柄だ。研究ばかりで運動してなさそうなのにお腹は出ておらず、スタイルもすらっとしている。その上、ふにゃっとした笑顔が癒やし系で、ある意味魔性のオジサンといって良い。実は男女問わず、人気がある。鈍感な本人は全く気付いていないが。
アンナも、校長のことは嫌いではないので、つい甘やかしてしまう。
「もう、仕方ありませんね。呼び出しのご用件は、お掃除と言うことでよろしいですか?」
アンナが言いながら袖をまくろうとすると、校長に止められた。
「違うよ。掃除もまた頼みたいとは思うけどね。今日は別件で呼んだんだ」
校長はちょいちょいと、手を動かした。どうやらもっと近くに来いということらしい。
そんなに内密な話なの? と疑問に思いつつ、アンナは校長の目の前まで移動する。
「実はね、アンナには、ある生徒の勉強を見てもらいたいんだ」
「勉強、ですか?」
この学校に通っている時点で、貴族の庶子のはず。そして貴族と言うことは、それぞれ家庭教師なりが教えて、一定レベルの学力があってしかるべきなのに、どういうことだろうか。
「その生徒はね、やれば出来る子なんだけど、やろうとしないんだ。多分、家庭環境のせいだとは思うんだけど。でも、このままだと留年しちゃうかもしれなくてね。さすがにそれだけは避けないと、その、面子がつぶれてしまうと言うか」
何だか、もごもごと濁したような話し方だ。
確かに留年は外聞が悪いが、それは本人やその生徒の家が心配することであって、学園側がそこまでする必要があるのだろうか?
「もしや、その生徒は、その辺に転がっているような貴族ではなく、大臣や宰相レベルの貴族、ということでしょうか」
影響力の高い大貴族ならば、留年の責任を学園側に押しつける可能性も無くはない。
「その通りなんだ。今年の一年生に、第二王子のキール殿下が入学したのは知ってるかい?」
「存じておりますが…………まさかっ」
「そう、そのまさか」
校長は、ニコニコとして頷いている。
嘘だろう。
つまり、第二王子が留年しないように勉強を教えろってこと?!
そんな責任重大な役目、無理すぎる!
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