無音の会話

「どこにいるの?」

震えた小さな声。彼女の声だ。肩に触れるくらいの髪。彼女の視線は斜め下に止まったまま。彼女の髪が顔を隠す。チラリと見えた目は悲しみの色を帯びていた。

「窓のそばにいるよ」

できるだけ優しい声で。口を動かす。

彼女は窓の横に腰を下ろす。会話は、ない。

窓から入る日差しが彼女の髪を照らす。

彼女の表情は分からない。でも、辛そうなのは見て分かる。

一人でため込んでしまうのは彼女の悪い癖。昔からそうだった。誰かに話して、吐き出して、忘れられたらいいのにね、なんて話もした。

でも、もう僕では助けになれない。

彼女は身動き一つもしない。ただ膝を抱えてうつむくだけだった。

無言のまま時計の針が回っていく。窓の隙間から風が通る。外の音もよく聞こえる。小鳥の鳴き声、自動車の騒音、子供たちの声、信号機の音。

ふと飾られているキーホルダーが目に入る。初めておそろいで買ったものだ。

少しでも明るくなるようにと口を開く。

「君はおそろいにするのが好きだったね。よくおそろいのキーホルダーなんかを買って。ペンを買ったときもあったっけ。ペンと言えば、誕生日に僕がネタ贈ったあのへんてこなペン。あれ未だに使ってるのかな?ネタで贈ったつもりだったんだけどね。ずいぶんと気に入られたみたいだ。なんてね。…………今はこんなことを話す気分じゃないか」

彼女は何も話さない。こんな気分の時に話すことじゃなかったかもな。

日差しが窓を通り、窓の形を床に描く。雲がそこにまばらな影を落としていった。

彼女の口が微かに動く。

か細い声。揺れるガラス細工のような声。少しの振動で落ちて壊れてしまいそうな声。そんな声が僕の名前を紡ぐ。

彼女か顔をあげる。彼女の顔を隠していた髪が彼女の肩にかかる。彼女の目には涙がたまっていた。目尻から流れる涙。日差しに反射して光を帯びる。

彼女がもう一度僕を呼ぶ。

こんなときにちゃんとそばにいてあげられたらな……。

彼女の目にはさっきよりも多くの涙がたまっていた。雫が落ちていく。嗚咽が漏れる。

彼女の頭をなでようと手をあてる。触れる感触はいつになっても来ない。すり抜けてしまうだけだった。

僕じゃ触れることもできない。

「どうして死んじゃったの……?」

嗚咽混じりに彼女がつぶやく。

僕は届かない声で言葉を贈る。

「ごめんね。一人にしてごめん。もう僕は君の隣にいられない。だからさ、僕のことは忘れて。一人で背負ってしまう君には難しいことかもしれないけど。僕のことは忘れて、他の誰かと幸せになってほしい。君に笑っていてほしい。これが僕の最後の願いだよ。今までありがとう。愛してる」


もし、と小さな声で付け足す。

「君が幸せになった後で僕という人間がいたことを思い出してくれたらこれ以上ないくらいにしあわせだなぁ……」

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