自宅待機

Re:over

第1話

 今日も夜がやってくる。オレンジ色の太陽が森へと落ちていく。それに合わせて街も地面へと吸い込まれていく。巨大な地下空間へ街を隠すことによって魔物に見つからないようにしているのだ。建物が揺れ、窓から見える景色も徐々に黒へと変わり、最後には持っているランプだけが頼りになってしまう。


 元々は巨大な壁で魔物から身を守っていたが、力の強い魔物が現れたため、魔法を使って地下へと身を潜めることになった。魔物は凶暴だが、頭は良くない。とはいえ、急に何かを嗅ぎつけて地面を掘らないとは限らないため、僕は千里眼を駆使して地上の監視をしている。生まれた瞬間から千里眼を使えたため、14の時には女子の着替えを覗いたりして怒られたこともあった。とにかく、千里眼を使える人は限られているため大忙しだ。ただ、今日は休みの日。いつものことながら、外に出ることはできないし、自宅から出ることもできないので暇を持て余していた。もうしばらくすれば、建物同士を中で繋げ、友達の家やお店にも行くことができるようになる。


 そこまで眠いわけでもないし、本でも読もうと本棚へ近づいた。勇者の冒険譚や異国の話、昔話など、様々な本が並んでいる。その中でも特に気に入っているものは異界の話だ。魔法を使うことができず、魔物もいない、異界が舞台の話で、そこでは役割を持たない人間がたくさん生まれる。その人間たちは自分の生きる意味を模索しながら生きていく。時には何も分からなくなったり、感情的になったり、人とぶつかったりしながら成長していく。誰が書いたかも分からない本だが、すごいいいものだ。思い出しただけでも胸が熱くなる。ページを捲りながら内容を思い出し、物語に浸るのもまたいいものだと感じた。


 そんなことをしているとお腹の虫が鳴った。気がつけば1時間ほど経過していた。今日の夕飯を作ろうと鍋を準備し、料理ジェルを入れ、一息ついて、手のひらを突き出して魔力を集中させる。ボンッという子気味のいい音が鳴り、炎が発生する。それを鍋の中へ入れると、ジェルが溶け、瞬く間に具材たっぷりの鍋料理が完成した。


 真っ白な湯気の下にはグツグツと音を立てる鍋。それと並ぶ肉や野菜、豆腐、きのこなど、色とりどり。本に出てくる異界には魔法がないのにどうやって作っているのだろうか、と疑問に思った。火を吐く家畜でも飼育しているのだろうか。


 スプーンで食材をすくって、火傷しないように息をかける。そしてゆっくりと口の中へと運ぶ。肉の旨みが染み込んだ白菜が口内で踊る。その勢いでしいたけ、豆腐、しらたき、と食べていく。あっという間に料理を食べ終え、次は眠くなってきた。


 布団を敷いて横になった。目を閉じると、天井が明るくなった。白っぽい光が部屋を包み込んでいる。それと、謎の声が部屋に響いている。驚いて飛び上がるとそこは現実の部屋であった。魔物も魔法も存在しない世界だ。


「夢……か」


 目を擦り、体を伸ばす。付けっぱなしのテレビでは新型ウイルスの話をしていた。

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