第50話 橙好味

 うちと違ってお姉ちゃんは、体の心臓部分が悪かった。心臓に穴が空いており、まともに幼稚園に通えない程の重症だった。


 心臓病にも様々ものがあって、お姉ちゃんの場合は先天性心疾患という生まれつき心臓が弱いことを言うらしい。


 うちは知らなかったが、過去に手術を1回行ったことがあるらしい。心臓病の場合、手術は何回かに分けてやる場合もあるらしい。それだけ、危険な病気だった。


 手術が終わりあれから日が経ち6歳になったお姉ちゃんは、小学校に行くのを楽しみにしていた。ランドセルを見てとても嬉しそうにしていた。しかしある時、幼稚園を卒業するときも近いその時、またお姉ちゃんは倒れた。


 病院でまた治療され、しばらくの入院が余儀なくされた。


 お姉ちゃんが大好きだったうちは、当時とても心配していた。


 ある日の休日。家族でお姉ちゃんのお見舞いに入院している病院へと行くことになった。


 久しぶりに会うので、あの時はとても嬉しかった。


 病院に着いた後、病室に向かう。部屋に入ると窓際の医療用ベッドで安静にしていたのを確認する。


 会えたのが嬉しいのか、笑みを見せるお姉ちゃんに私は安心した。


 久しぶりに会えたうちは、いっぱい話をした。欲しい物や帰ってきたら何がしたいかなど、明るいことを中心に話した。


 それからもお見舞いを続けた。でもある日、お見舞いに来て帰り際、病室の戸を閉めるときにふと見えた。暗いお姉ちゃんの表情が。


『大丈夫! 私強いもん!』


 これが入院している時から言わなくなったお姉ちゃんの口癖だった。


 我慢強いお姉ちゃんだったが、帰れない事で孤独感を感じていたのかもしれない。


 でもある時、隣のベッドにいた男の子がお姉ちゃんに話しかけていたのを見た。


 家族に見せなかった不安を取り除くように、その男の子のおかげで笑顔が戻りつつあった。


 ある日、またお見舞いに来た。隣の医療用ベッドに寝ている男の子を確認する。


 この日はお父さんが仕事だっため、無事な姿を見てすぐに帰る予定だった。


 帰り際、お姉ちゃんの呟いた言葉が戸を閉めようとした時、隙間から聞こえた。


「妹だったらよかった」


 聞こえた言葉に、この時うちは胸を締め付けられた。


 お姉ちゃんの痛みを分かってあげられることはできない。入院している間の寂しさ。治らないんじゃないかという不安。家に帰れない辛さ。まだ子供だったうちは、どうすることもできなかった。


 しかし、あの男の子は違った。うまく言葉にはできていなくても、必死に何かを伝えようとしていた。聞こえづらかったけど、うちの事も言ってた気がする。


 次に顔を見に行った日は、お母さんとうちの2人だけ。この日は、あの男の子の話ばかりしていた。


 出会った日の話。同じような病を抱えていること。辛い時や寂しい時に励ましてくれる優しい子だと嬉しそうに話していた。


 お姉ちゃんにとって大きな存在になっている事は、容態が急に悪化し手術が間近に迫っている時だった。


 お姉ちゃんの目は、諦めず希望にすがる目をしていた。男の子の言葉は、彼女の心を強くするものだった。


 最初は安定していたので、必要であればもっと大きい施設に移るべきだと両親に医師は伝える筈だったという。


 ここの田舎病院ではそこまで良い設備もなく、こういった重病患者の手術も場数をあまり踏んでいないらしかった。


 しかし、このような事態になり、医師にも緊張が走る。最善を尽くしますと1言だけいい手術室へ。


 大丈夫。きっと助かる。そう信じてた。両親と共に、無事に終わることを祈りながら待ち続けた。


 手術が終わったのか、扉が開く。


 食い気味に両親が、無事に手術が成功したのかを聞こうとする。


 しかし、顔色の悪い医師達を見て。沈黙が続く。


 結果は、失敗に終わった。目の前には、お父さんの悲しむ顔。そして、うちを泣きながら抱き寄せるお母さんの姿だった。


 数日後、お姉ちゃんのお葬式が行われた。お母さんが言うには、その時のうちはたくさん泣いていたという。


 その後、中々切り替えれず悲しみを胸にしまいながらいつもの日常に戻る。


 ここで、ゆっ君とのある意味初めての出会いを果たす。


 うちのことは最初、全然覚えていなかったらしいけど、お姉ちゃんの姿と重ねてやっと分かってくれた。


 彼は、手術が失敗しお姉ちゃんが亡くなったことを知らなかった。けれどうちは、この事実を打ち明けることができなかった。


 ゆっ君は、なぜかうちを含めた5人の女の子を集め、夜に星が綺麗に見えることで有名な丘の公園に行くことになった。


 何をしに行くのか聞くと、「お星さまにおねがいしにいくんだ!」と心臓が弱いのに興奮しながら話していた。


 到着したうちたちは、ゆっくりと丘を登っていく。15分ぐらい歩いて遊具のある大きな広場に着いた。


 上を見上げれば満天の星空が輝いて、出迎えている。


 夜の公園は危ないので、もちろんこの時はゆっ君のお母さんがそばで見守っていた。


 一方で彼は、両手で絵本を開き、指示を出す。


「円になってさ、皆で願い事しよ!」


 恐らく絵本のお話を真に受けて、再現しようとしていたことは子供だったうちでも気づいた。


 皆で手を繋ぎ、輪をつくる。


 そして、皆で早速目を瞑り願い事をした。


 願いがもし本当に叶うならと、強く念じお姉ちゃんを生き返らせてと願おうとした。


 しかし、集中が途切れる。


 理由は、右隣の手を繋いでいるゆっ君の方からぶつぶつと声が聞こえたから。


 思いが強すぎるのか、可愛いことに目を瞑りながら声に出して願い事を呟いてい

た。


「お姉ちゃんの病気が早く治りますように……」


 聞こえたその願いに、うちは泣きそうになった。


「……」


 涙を我慢する中、彼の呟きが皆聞こえていたのか、結局皆大きく言葉にしてお願い事をしていた。


「どうしたの? 泣いてるの?」


 目から溢れる雫を見られたうちは、気づかれたくない為に星に勢いよく指を指して笑顔で言う。


「星って美味しいかな?」

「お腹が空いてるから泣いてるの?」


 この時のゆっ君の底なしの優しさに、うちの心は少しだけ救われた気がした。


 胸に灯る温かいこの想いの正体に気づいたのは、いつだっただろう。


 うちは、ゆっ君に恋をしていたんだって。









































































































































































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