第33話 雨の降ったあの日

 これは雨の降ったある日の話。

 あれは輝色きいろちゃんが転校して間もない時、部活動探しを手伝った後の帰り道の話である。


「雨が降ってると寒いな〜。靴の中ビショビョで気持ち悪い」


 雨のせいか運動場が使えない分少し早く部活が終わったりょうに、帰り道の途中にあるちょうど雨宿りできるバス停まで傘の中に一緒に入り歩いた。


 そこからは帰り道が一緒では無いので、僕はバス停に残った。りょうは体の弱い僕を心配していた。しかし、友達である彼のかさを借りて、試合が控えているのに風邪を引かせる訳にはいかない。


 それに、僕がちゃんと天気予報を見ていなかったのが原因なので、自業自得と言うやつだろう。


 携帯を確認すると、どうやら途中で曇になり雨は止むらしい。ここからはまだ距離がある為、しばらくここで雨が止むのを待ち続ける事にした。


 携帯ばかり見ていたら心臓にも負荷がかかるかもしれないため、一旦止める。雨はまだ止む様子が無い。暇が潰せないというのは、本当に入院している時を思い出し嫌になる。


 入院している時の事を思い出していると、雨の中ここまで走ってくる人がいた。この時間は夕方。だいたい6時ちょい過ぎ。もう部活動をしている生徒も帰る頃だろう。

 雨雲のせいで薄暗く、外灯は点滅していて意味をなさない。しかし、姿と声からして女性である事ははっきりと分かった。


「はぁ〜まさか降ってるとはな。ちっ、傘持っとけばよかった」


 通りがかる車のライトで、彼女が僕たちの通う新谷高等学校にったにこうとうがっこうの制服を着ていることが分かる。


 同じ高校生である事に安堵し、引き続き雨が止むのを待つ。すると、彼女の方から僕に話しかけてきた。


「君のその制服、同じ学校?」

「あ、はい。そうなんですよ。あなたもですよね?」

「あぁ、今日は雨凄いな」

「そうですね。よく降りますね」


 何気ないやり取りをしたあと、悪い人では無さそうだったのでこの時間帯まで何をしていたのか聞いてみた。


「え? 私はバイト。ここの近くのメイド喫茶でアルバイトしてる。家がそんなに裕福でも無いから、将来の為にお金貯めてるんだ」

「いいですね。やりたいことの為にお金貯めてるんでしょう?」

「まぁな。そんなお前は? 何かやりたいこと無いの?」

「生まれた時から心臓が弱くて。そんな僕にやりたいことなんて……」

「何かがしたいけど見つからない。けど、それは学生なんだから普通だよ。私も本当は何がしてえんだって自分自身に問いかけるときなんて何回もある。あんたもそうなんだろ? だけど安心しな、やりたいことなんて近くに転がってるもんだから」

「はい、そうですね……。優しいんですね」

「あ、そ、そうか? 慣れてねえんだ。そういう言葉言われるの」


 彼女の言葉が、少しだけ僕に生きる活力をくれた気がした。彼女の滴る雫の音、そして車のライトで透けて見えてしまった下着のせいで不自然に心臓に負担がかかる。


「? どうした? 急に黙って」

「いえ、大丈夫です!」

「そ、そうか。ならいいや。具合悪くなったのかって心配したよ」

「本当に優しいんですね」

「そう言ってくれたのは、幼稚園の頃の初恋の相手だけだったな」

「初恋は僕にはまだ。恋愛もした事すらなくて」

「大抵の男子はそう言うかも知んねえけど、想っている人がいるかもよ?」


 彼女は不思議な人だった。言動は男勝りというか、ヤンキーに近い口調だと思う。メイド喫茶のバイトをやっているとは思えない人だった。


「なんか話してみて楽しかった。実を言うと、沈黙って苦手で。あんた名前は?」

「僕ですか? 夜色優心やしきゆうしんって言うんです」

「え、え! マジかよ、こんな事って。同じ高校だったなんて……。だったのか。恋人はまだいないって! まだいいのかな。諦めなくてよ……」


 彼女の声が小さくなり、小声で何か独り言をしている。雨音と車の音で何を言っているのか聞き取れない。


「大丈夫ですか? まさか、熱でもあるんじゃ!」


 僕は心配になり、自身の額を彼女の額に当てて熱を測る。


「なっ! 何してるんですか〜もう〜、熱なんてありませんよ〜」

「え? ならよかったですけど。なんか、キャラも話し方もさっきまでと違いません?」

「や、やだ〜もう〜。さっきまでこんな感じで喋ってたでしょう?」


 なんか変な口調になり、下手なぶりっ子感がある。彼女が言うと、違和感しか無かった。


「ま、まぁいいですけど。そういえば、貴方の名前はなんていうんですか?」

「私は腹黒ふくぐろ、雨止んできたね! じゃまたね!」

「あ! 名前の方まだ聞けてないのに」


 彼女は名字だけを言い残し、それからは会うことは無かった。しかし、同じ学校であればいつかまた会えるかもしれない。僕は不思議にもそう思ったのだった。






























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