メイドは願う

山吹弓美

メイドは願う

「お嬢様。お茶をお持ちしました」


「ありがとう。いただくわ」


 ワゴンで運んできたお茶とお茶菓子を、手早くセットする。

 私がお仕えしているお嬢様がこうやってのんびりとお茶を嗜まれるのは、実に十二日ぶりであると私は記憶している。


「退屈ね」


「せっかく予定のない休日なのですから、お身体を休めていただきたく思います」


「……そうね。今までが忙しすぎたんだわ」


 ふわりと漂うお茶の香りを、お嬢様が楽しまれる。そのお口元がわずかに緩むことが、私としては嬉しくてならない。

 しかし、この喜びは将来の不安とセットである。何しろ、お嬢様は婚約者だった第一王子からその婚約を破棄されて間もないのだから。

 もっとも、その件で最終的に糾弾されることとなったのは第一王子、そして彼の暴走を止めるどころか共に暴走した取り巻きの高位貴族令息たちだったのだが。

 まったく、私のお嬢様を何だと思っているのだ。たかが子爵家の養女を排除するのに、わざわざご自身の手を汚すとでも思っていたのか、彼らは。


「そう言えば。殿下やお友達がどうなられたか、お話は届いているかしら?」


「はい、報告が来ております。詳細はこちらに」


 お嬢様から問われ、私はお茶と共にお持ちした手紙をお渡しする。内容はお嬢様が知りたい、『一方的に婚約の破棄を宣言した第一王子とその取り巻き連中の顛末』である。


「………………そう」


 内容を軽く読んで、お嬢様は小さくため息をつかれた。

 お嬢様と第一王子の婚約は王家側の申し出により結ばれたものであり、たとえ第一王子と言えども国王陛下のお許しなしに破棄できるものではない。

 そのことをわきまえず愚かな行為に及んだ第一王子は、本来ならば盤石なものであったはずの『王太子』としての地位を剥奪されることとなった。さらに王家からお嬢様には、相応の慰謝料が支払われることとなっている。

 彼を止めることもなかった貴族令息たちはそれぞれ生家に引き取られ、ある者は勉強や修行のために軟禁状態に、ある者は家から放逐され厳しい環境に、と様々な末路をたどることとなったようだ。彼らにもそれぞれに婚約者がおられたはずだが、さてどうなったことやら。

 ま、そのような愚か者共は正直どうでも良い。明日からはまた、お嬢様はお忙しい事になるのだろうから。

 何しろ。


「それから、お嬢様を是非妻として迎えたいという方々からの申込みがこちらとなっております」


「まあ」


 既に十数通、お見合いのための釣書や肖像画が送りつけられてきている。お茶を載せたものとは別のワゴンを運んでくると、お嬢様は目を丸くされてそれを見つめられた。中には王家に連なる方々のものもあるのだが、選択はお嬢様に委ねられている。


「王子の妃、ゆくゆくは王妃となるべく教育をお受けになったお嬢様ですから、どこの貴族に迎えられても問題ないかと」


「マナーや礼儀作法だけで言えば、そうでしょうけれど」


 一つ一つ、軽く目を通されながらお嬢様はわずかに肩をすくめられた。

 どこのお家に嫁がれるにしろ、私はお嬢様専属として共に向かうつもりだ。


 だからお嬢様、どうぞ良き縁をお選びになりますよう、私は願っております。

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メイドは願う 山吹弓美 @mayferia

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